第115話

洋一さんとみゆきさんの結婚式が終わって、一週間が過ぎた。僕は特別何も変わる事なく、二学期の日々を送っている。


 毎日のルーティンだって変わっていない。自転車での通学の途中、あの交差点の横断歩道の元へと行って、姉へのあいさつを欠かさない。


 おはよう、姉さん。今日も行ってきます。


 心の中でそう呼びかけながら電柱を見つめると、今日もその根元に黄色を基調としたきれいな花束が供えられていた。遅咲きのひまわりとオレンジ色のガーベラが、姉の笑顔と重なって見えて、何だか嬉しかった。


 そんな心持ちのまま、いつものように学校に向かうと、校門の所であの人――いや、吉岡さんが竹ぼうきを持ちながら、校門をくぐる生徒達に「おはよう、おはよう」とあいさつしているのが見えた。相変わらず竹ぼうきを持つ手はぷるぷると震えている。ちょっと心配になりながら、僕は吉岡さんへと近付いた。


「おはようございます」


 僕の方からあいさつをしたのは、これが初めてだった。だからだろうか、吉岡さんは一瞬だけびくりと肩を震わせたが、あいさつしてきたのが僕だと分かるととたんにほっと安堵したような顔で「やあ、おはよう」と返してくれた。


「今日も姉さんに花をありがとうございます」


 僕がそう言うと、吉岡さんは照れたような笑みを浮かべる。そして、ふと思い付いたように言った。


「そうだ。毎度私ばかりだと、君のお姉ちゃんもきっと寂しいだろう。もしよかったら、今度の日曜、あの子も誘って一緒に花束を買いに行かないかい?」

「あの子?」

「木下さんだよ」


 ああ、と僕は納得しかけたが、危うく「そうですね」と言ってしまう前に、勢いよく首を横に振った。


「せっかくですけど、それは」

「どうして? もしかして、まだ……」

「いや、そういうんじゃなくて。今は木下と一緒に出かけるとなると、ちょっと面倒な事になりかねないんで」


 僕の言っている意味がよく分からないとばかりに、吉岡さんが首をかしげる。僕はそんな吉岡さんに困りながらも、つい昨日の事を思い返していた。

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