第113話
「皆様。本日はお忙しい中、僕と妻・みゆきの為にお集まりいただき、誠にありがとうございます。
本来であれば、この時間はみゆきから今野家のお義父さんとお義母さんへ感謝の気持ちを伝えてもらう予定でしたが、僕のわがままで変更させていただきました。まずはその無礼をお詫び致します。
しかし、僕はこの場を借りて、どうしても皆様にお伝えしなければならない事があるのです。これは僕の両親や、今野家のお義父さん、お義母さんからもご了承を頂いての上ですが、中には不快に思われる方もいるかと思います。それも加えてお詫び致します。そして、大変長くなってしまいますが、どうか最後までご清聴いただければ幸いです。
僕が今日、この場にみゆきと二人で立つ事ができたのは、ひとえにある女性のおかげです。彼女の存在がなければ、僕はみゆきと出会う事も、ましてやこうして結ばれる事もありませんでした。
その女性とは、かつての僕の恋人です。僕が高校生、17歳だった時に好きになった同級生の女の子でした。
当時の僕にとって、彼女は何よりもかけがえのない存在でした。まだ17歳の子供でしたが、それまで出会ってきたどの人達よりも純粋で、繊細で、愛情という名の輝きに満ち溢れている素敵な女の子に見えて、僕は一生分の幸せを手に入れた心持ちでした。この子と将来を共にしたいと子供なりに誓い、彼女にプロポーズめいた言葉まで告げた事もありました。そんな温かい未来が必ず訪れると、信じて疑っていなかったのです。
ですが、ある日……彼女は皆の前から、この世界からいなくなってしまいました。誰にも何も言わず、突然……。
僕は、ひどく混乱しました。お別れの場にも参列しましたが、最後に顔を見る事も叶わず、ただいなくなってしまったという現実だけを押し付けられて嘆き悲しむ事しかできなかったのです。そして、それはきっと、一生続くものだと思っていました。彼女との思い出と彼女を失った悲しみを抱えて、一生一人で生きていくものだと。
ですが、彼女がいなくなって三年目を過ぎたあたりから、僕の中で変化が起きました。大学生になり、ちょうど成人を迎えた頃だったでしょうか……それなりに増えてきた大学の友人達の中で自然と笑っている自分に気付いたのです。彼女の事を忘れている時間が増えてきた自分に気付いてしまったんです。
ショックでした。一生分の涙を流し尽くしたと思えるくらい、あんなに泣いて悲しんだというのに、僕の中で彼女の存在が薄くなっていた事に。一緒にいた時間は短かったけれど、あれほど強くて温かい愛情を教えてくれたかけがえのない人を、まるで最初からいなかったかのように扱ったんです。残されたご家族の方にも申し訳なくて、ますます距離を取ってしまった僕は、また笑う事ができなくなりました。
そんな僕の前に現れたのが、このみゆきです。職場で同じ部署にいた彼女の第一印象は、『あ、やべ。あいつの親友と名前が似てるじゃん。あの親友って子、ちょっと苦手だったんだよなあ』でした。……あ、ここは笑っていいところですよ?
みゆきと個人的な話をするきっかけになったのは、その部署の飲み会での事です。その日、僕は一つの仕事でミスをやらかした後で少し荒れており、ヤケ酒を煽っていました。そしてついぽろっと『あいつがいてくれたら……』とこぼした言葉を拾ってくれたみゆきが話しかけてくれたので、酔った勢いで彼女の事を話してしまいました。
その時、みゆきは何の偏見も嫌悪感も見せず、笑って言ってくれたんです。『彼女はいなくなった後も、そうやって瀬川さんの心をずっと支えてくれてるんですね。本当に愛情深くて、素敵な人です』と。
……枯れていたと思っていた涙が出ました。彼女を、あいつを理解してくれた女性に出会えた嬉しさもあったんですが、あいつがどれほど愛情深くて、それにどれだけ敏感で、臆病だったかという事も思い出せたからです。
今にして考えれば、あいつはひどく怯えていたんじゃないかと思います。誰よりも人様の幸福を願える奴だったので、その人様の分まで自分が愛される事に申し訳なさみたいなものを感じていたんじゃないかと。それに気付けず、ただ未来ばかりに目を向けていた17歳の僕は本当に子供でした。
それでも、僕はこう思うのです。愛する事の尊さ、儚さ、難しさを17歳だったあいつが教えてくれた。そして、今こうして僕の隣にいるみゆきが、みゆきのおなかにいる子供が思い出させてくれたと。
僕は、彼女に心から感謝しています。そして、心から誓う事ができます。お前が僕を、周りの人達を心から愛していたように、僕はみゆきとおなかにいる子供を絶対に幸せにする。そして、今度はそんな幸せの中で、お前の事を忘れていくからなと。
本日は、その彼女のご家族もこの場にお越しいただいております。これまで彼女を大切に想い、邪険に扱い、そして新たな一歩を進む為の糧にした事をお許し下さい。そして、本当にありがとうございました。
これから僕は、僕の家族と共に新たな人生を邁進していきます。どうか温かく見守って下さい。本日は誠にありがとうございました。新郎・瀬川洋一」
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