第112話

夕方過ぎ、チャペルから程近い披露宴会場に移動した僕達は、そこで豪華な料理のフルコースに舌鼓を打ち、洋一さんの同僚の人達による催しのマジックを楽しみ、みゆきさんの友人達からの心温まるスピーチに聞き入っていた。


 その合間を探るようにして、僕は両親の様子を窺う。特に母に至っては、姉の十三回忌の時にみゆきさんを洋一さんの妹だと思い込んでいたから、もしかしたらまた混乱してしまうかもしれないと心配だった。だが、予想に反して、母は至って普通だった。どこにでもいる年相応の女性として、父の隣で物静かに座っていた。


 僕は、きっととんでもなく変な顔をしていたに違いない。母はみゆきさんの友人達が定番の結婚ソングを歌っているのをうっとりとした表情で聴いていたが、それをこわごわと見つめている僕に気付いた父が、「なあ」と声をかけてきた。


「もうそんなに心配してやるな」

「で、でも……」

「大丈夫だ」

「え?」

「父さんも母さんも、少しずつ大丈夫になっていく。だから、お前ももう大丈夫になってくれ」

「父さん……」

「な?」


 まるで小学生の男子が友達と約束を取り付けるかのような明るい声色で、父はそう言う。でも、それは確かに本物で、父は母と一緒に前を向き始めたのだなと思った。僕はこくりと頷いた。






 宴もたけなわとなった頃、そこで司会役の女性が一つの案内をした。僕はすぐ、よく何かしらのドキュメンタリー番組とかで見かけるような、新婦から両親への感謝の手紙を読み上げる場面を思い出したのだが、また予想に反して、司会役の女性はマイク越しにこう言った。


「……本来のご予定では、ここで新婦のみゆき様にご両親様へのお手紙を朗読していただく事になっておりましたが、新郎である洋一様のご希望により、予定を一部変更とさせていただきます。ただ今より、新郎の洋一様によるお手紙の朗読を始めさせていただきます」


 会場の中が、一瞬ざわりとする。二回目のお色直しはとっくに終わっていたが、今度は赤いドレスに身を包んでいるみゆきさんの頭の上のティアラは全く変わらない。壇上の席から立ち上がった洋一さんも、純白のタキシードから紺色のビジュアルスーツに着替えただけなのだが、まるで別人のように見違えるものだからおもしろかった。


 そんな洋一さんが、同じく急いで立ち上がろうとしていたみゆきさんの肩を押さえて座らせたままにすると、懐から蛇腹折じゃばらおりになっている少し厚めの書簡を取り出し、ゆっくりとそれを両手で広げる。そして、僕と、僕の両親や美喜さん、他の招待客、そして何よりもかつて自分の恋人であった姉に贈るかのように、はっきりとした大きな声で読み始めた。

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