第111話
メイクの仕上げとして、ティアラの装着を美喜さんに頼んだのは、他ならぬみゆきさんだった。もう二度と会いたくないと豪語していた美喜さんからすれば、ティアラを作成した上に結婚式にも出席するんだから、これ以上はもういいでしょと思うくらい面倒で嫌な事だったらしい。でも、みゆきさんが係員の人に「どうしても遠藤美喜さんにティアラを着けてもらいたい」とせがんだという。
「悪いんだけど、一応見張り役で一緒に来てくれない? でないと私、あの女のドレスにお茶とかソースをぶっかけそうになるから」
そんな不穏な事を言うみゆきさんの後ろに付いて、新婦用の控え室を訪ねてみれば、そこにはみゆきさんだけじゃなくて、洋一さんもいた。洋一さんの右頬からあごにかけてのあたりが若干腫れて、そこをメイクでごまかしているように見えたのは、先日の美喜さんの一発がまだ完治していないせいだろうか。
そこに気付かないふりをしてあげた方がいいと考えた僕は、洋一さんの目をまっすぐ見据えながら言った。
「いろんな人達を招待してるんだろうけど、その中の誰よりも先に言いたいから言うよ。洋一さん、結婚おめでとう」
「……ありがとな。正直、お前が来てくれるかどうかさっきまで不安だったよ」
そう言うと、洋一さんはとても真剣なまなざしで僕を見つめ返してきた。
……いや、違うか。僕だけじゃない。洋一さんとみゆきさんが許してくれたから、僕達家族は家の仏間にある姉の写真も持ってきている。洋一さんは、僕の手の中にいる姉も見つめてくれていた。
「来てくれて嬉しいよ、本当にありがとな。できれば披露宴も最後まできちんといてほしいんだ。遠藤にも言ったけど、ちゃんとけじめ付けるから」
椅子に座ったままの状態で洋一さんのその言葉を聞いていたみゆきさんも、こくりと頷く。そして、自分の正面に回り込んできた美喜さんを静かに見上げると、「お願いします」と言った。
「はいはい……」
化粧台の上に置かれていたティアラに手を伸ばすと、美喜さんはそれをみゆきさんのアップにまとめた頭に乗せようとする。だが、みゆきさんは少し頭を差し出すように前へ傾けようとしないばかりか、ただただじっと、美喜さんを見上げたままだ。
「ちょっと。頭下げてくれないと、ティアラ着けられないんだけど」
意図が見えないみゆきさんの視線にいらだったのか、美喜さんが少し声を低くする。するとみゆきさんは、じっと美喜さんの目を見つめたまま。
「一緒に、生きていきましょう」
と、言った。
「……は?」
「私と遠藤さんです。これからも、一緒に生きていきましょう。……彼女の為にも」
「……っ!」
「このティアラ、一生大事にします。遠藤さんと彼女からの絆として、ずっと」
「……」
美喜さんは心底驚いた様子だったが、ティアラを着ける手は止めなかった。僕は、それからきっと洋一さんも次に美喜さんが何を言い出すか気になって仕方なかったけど、少し経ってから「好きにすれば?」とちょっと微笑みながら返した彼女の言葉に、どれだけほっとした事か……。
僕はバージンロードを幸せそうに渡って洋一さんの元へと向かうみゆきさんを見つめながら、その事をぼんやりと思い出していた。
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