最終章

第110話

夏休みが明けた九月。その第一日曜の午後に、洋一さんとみゆきさんの結婚式が執り行われた。


 家族全員で赴いた招待先のチャペルは少しこぢんまりとしていたものの、天井にこしらえてある純白の天蓋てんがいはまるで天空いっぱいに広がる雲の絨毯じゅうたんのように美しく、その隙間を縫って吊り下げられたアンティーク調のランプもチャペルの中を優しい光で照らしている。ここを選んだのはみゆきさんだという話だったから、彼女のセンスの良さに僕は感動に近い気持ちすら抱いた。


 招待客全員がチャペルの席に座ったのとほぼ同じタイミングで、天蓋と同じく純白のタキシードを纏った洋一さんも入場してきた。高校生で17歳だった頃よりもずっと背が伸び、体格もよくなっていた事から、洋一さんはテレビでよく見かける若手俳優やモデルなんかよりもずっとカッコよく、男らしくなっている。だが、やや緊張した面持ちでバージンロードを一人進む様がおかしかったのか、僕の横に座っていた美喜さんが声を噛み殺しながら笑っていた。


「何あれ、ガチガチになってるし」

「先週までは、あんなに余裕ぶってたのにね」


 僕もついおかしくなって、ひそひそ声で返す。洋一さんはそんな僕達に気付いている様子はなかったものの、これまで見た事がないほどに頬を赤らめながら、やがてチャペルの祭壇の前にぴんっと背筋を伸ばして立ち止まった。


「ああ、おかしい。あの子にも生で見せてあげたかった、今の瀬川君の顔」


 数年経った後の、笑い話のネタにでもするつもりなのか。それとも姉の仏壇か墓に来た時に見せてあげるつもりなのかは分からないが、美喜さんはスマホのカメラ機能にばっちり洋一さんのそんな姿を収めていた。


 恨みがましい感情を込めて言ったのかと思いきや、写り具合をチェックしようとスマホの液晶画面を見つめている美喜さんはどことなく優しげに微笑んでいた。ああ、その顔を僕は知っている。姉の部屋によく遊びに来ていた17歳の時の美喜さんと同じなんだ。


「見てると思うよ、きっと。このチャペルのどこかで」


 懐かしさを抑え込む事なんかできるはずもなく、僕はそう言った。






 十分後。ブライダルサロンの係員の「それでは、新婦様のご入場です」という合図と共に、一度重く閉ざされていたチャペルの両開きのドアがゆっくりと開かれ、そこに紋付き袴を着た父親の腕に手を絡ませているウエディングドレス姿のみゆきさんが立っているのが見えた。


 姉の墓前で会った時よりまた少しおなかはふくれていたようだが、マタニティ用とは到底思えないほどデザインや細かい装飾にこだわった薄い青色のウエディングドレスは、みゆきさんにとてもよく似合っていた。そして、背中まで伸ばしていたストレートな髪をアップにまとめ上げた先にそっと添うように飾られた美喜さん渾身のティアラも。

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