第104話

「前にも話した通り、私は養女として木下の家に入ったでしょ……?」


 木下が言った。


「私、父に有罪判決が下された時から決めてる事があって。もし将来、人生を共に歩んでいきたいって思える人と出会えたら、その人には何もかもを包み隠さず話したいと思ってるの」

「え、包み隠さずって……」

「私が木下家の養女という事。どうして養女なのかって事。父の事。そして、何より」


 木下の両目が、再び俺を捉える。今度はきりっとした、アーモンドみたいな形になっていた。


「お姉さんの事も、全部きちんと話したいって思ってる」

「あ……」

「それで、さっき島崎君から告白されて……この前の二人のケンカの時は言い訳の後の流れっぽい感じで言ってきたのに、今度は本当にものすごく真剣だったから、私もつい考えちゃった」

「おい、まさか」

「ううん。まだそこまで考えてない。でも、もしそういう方向に行くなら」

「全部話したいって思ってるのか?」

「うん、そのつもり」


 木下がこくりと頷く。僕は、彼女は正気なのかと本気で疑った。


 他の、もっと真面目そうな誠実な誰かだったらまだいい。だけど木下は、決してそうそう口外していいような自分の秘密を明かす相手に、あの島崎を選ぼうとしている。何でそうなるんだ、あんな軽薄で不真面目が服を着て歩いているような奴にどうして……。


「やめとけ」


 何秒と経たないうちに、僕はきっぱりと否定の言葉を口にした。


「島崎はやめとけ、僕はとても賛成できない」

「……どうして?」

「どうしてって、普段の学校でのあいつの態度を見れば分かるだろ? 下手すればクラスどころか学校中に言いふらされる。いや、あいつの事だ。もしかしたらおもしろ半分でSNSに書き込む可能性だって……」

「それも一瞬、考えた」

「だったら!」

「だから、お姉さんに相談しに来たのかも」


 そう言って、木下はにこりと笑い、続けて電柱の方へと視線を向けた。


 特に何の変哲もない、どこにでも見かけるような普通の電柱だ。姉の事さえなければ、あの人が供え続けてくれている花束が今日もそこになければ、業者の人以外は特に誰の視線を集める事なく、延々とその役割を果たし続けていくだけの、ただの電柱でしかない。でも、その電柱を姉のいる場所として認識していたのは、木下も同じだったんだ。


「……姉さん、何か言ってたか?」


 僕は特に期待する事なく、ゆっくりとそう尋ねてみる。それに対する木下の返事は「何も言ってくれる訳ないじゃない」と、まさに僕の予想通りだった。だが。


「でもね、きっとこう言ってくれるような気がする」

「……何?」

「『私と同じように考えなくても大丈夫だよ』……かな?」


 何だよ、それ。何で一度も会った事ないくせに、そんなに姉さんの口調を真似る事ができるんだよ。


 これもただの偶然だと分かっているのに、僕はそれがあまりにもおかしくて、木下の目の前で大笑いをしてしまった。僕の中のぐちゃぐちゃとしていたどの思考も、いつのまにかどこかへと吹き飛んでしまっていた。

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