第102話
まだとても家に帰る気になれなかった僕は、高校の校門を抜けると、姉のいるあの交差点へとまっすぐ向かった。その間、僕の頭をずっと占めていたのは「ズルい」という一つの単語のみだった。
ズルい、ズルい。皆、本当にズルい。
今まで僕は、この灰色しか映らない「17歳の世界」の中、一人で戦ってるものだと思ってた。そうする事で姉を忘れる事なく、姉が生きた証を残し続ける事もできると思っていたんだ。でも、実際はそうじゃなかった。
洋一さんも、みゆきさんも、あの人も、生島清司も、皆が皆、この12年間をそれぞれのやり方で戦っていたのかもしれない――。いったんそんなふうに思い始めてしまったら、まるで自分が滑稽なピエロのように見えてきて、それがどうしようもなくつらい。皆の事をズルいと思わなければ、とても耐えられない。
そして、姉の事も……。
「……おいおい。何を考えてるんだ、僕は」
それまで休まずに進めていた足をぴたりと止めて、僕は歩道の真ん中に突っ立った。昼下がり時をゆうに過ぎた外気温はまだまだ暑かったし、その辺の木々に止まっているセミもミンミンとうるさすぎる。でも、そんな事など気にかける余裕のなかった僕は、ただひたすらぐちゃぐちゃな思考を何とかしようと必死になった。
違う、違う。姉は自分から人生を放棄したんじゃない。自分の身には到底余りあるからって、それがあまりにも申し訳ないからって、自分の幸せを簡単に投げ出すようなズルくて弱い人なんかじゃない。とてもきれいで、美しくて、優しくて、頼れる人だった。僕には、僕達家族にとっては必要な存在だったんだ。それを奪ったのは、生島清司だ。あの男が、無慈悲に姉を――。
……いや、そうじゃない。きっと生島清司は死ぬ瞬間まで、姉の事を悔やみ続けてくれていた。自分の幸せの再興を放棄して、残りの生涯を姉への贖罪の為だけに使ってくれていた。あの人も生島清司のそんな誠意に応えて、花束を供えてくれた。二人は、姉がいなくなった事にきちんと向き合ってくれたんだ。
じゃあ、洋一さんやみゆきさんも? 以前、木下が言っていたように、後ろばかり見るんじゃなくて前を見ようと決めたのは、そうなるまできちんと姉に向き合ってきたから? ただ、それが僕の目の届く範囲で行われていた訳じゃなかったってだけで?
ああ、もう。何なんだよ、これは。どんどんドツボにハマっていってるような気がする。次、次は……そうだ、美喜さん。美喜さんなら、きっと今の僕の気持ちが分かる。分かってくれるはずだ。
そう思ってぱっと顔を上げた視界の少し先――そこには、姉のいる交差点が見えていた。自分でも思っていた以上に早く辿り着いていたんだなと思うより先に、僕はそこの電柱の側に立っている人物に驚かざるを得なかった。何でだよ、この前はものすごく怖いから、まだここには来れないって言ってたくせに……。
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