第101話

「……生島清司は、私に言ったんだ。墓の場所すら教えてもらえなかったから、自分はあの電柱にしか花を供える事ができない。もうすぐ勤め先のある工場のある町へ引っ越すのだが、もし前科者だと知られてしまったら追い出される事も考えなければならない。そんなふうに居場所を転々と変えるかもしれない自分が、花を供え続ける事ができなくなる事が何よりもつらい。だから、自分の代わりにご家族には内緒で花を供えてもらえないだろうか、と……」


 そこまで話し終えると、あの人は疲れてしまったのか、ふうっと深くて長い息を吐き出した。僕はこれまで何も知らなかった事を一気に聞かされて、混乱しないように頭の中を整理しようと精いっぱいになった。


 あいつは、生島清司はそこまでの罪悪感を抱えつつ、それでもしっかりと向き合って生きていたというのか? 離れ離れになった奥さんや、娘である木下ともう一度やり直そうとは微塵も思わなかったっていうのか?


 そういえば、確か木下が「刑務所を出てから、あちこち引っ越しを繰り返してたみたい」とか「三年前、借りてたアパートの部屋で死んでるのが発見されて」とか「死因は急性の心臓マヒだろうって話」だとか言ってなかったか? という事は、あの人と出会ってから二年の間、生島清司は就職と解雇を繰り返しながらも、それでも姉への贖罪をずっと欠かさず生きてきたという事にならないか? あの人からもらった、姉の写真の切れ端を定期入れに入れて、ずっと肌身離さず持ち歩きながら……。


「生島清司はまとまった金銭が入るたびに、私に送金してきたよ」


 自分の分の麦茶を一口飲み、再びふうっと息を吐いた後で、あの人は言った。


「その金で君のお姉ちゃんへ供える花束を買ってくれと何度も頼まれたが、私はその都度断っていた」

「……っ、どうしてですか!?」

「いくら自分がしゃしゃり出るのは君達家族に申し訳ないと思っても、それだけは絶対にダメだ。例え意図したものではなかったにせよ、君のお姉ちゃんを死に至らしめたのは生島清司なんだ。だから、自分自身の手できちんと供えるべきだ。その勇気が出るまで、この金は預かっておくからと諭していたが……そうする前に、彼は亡くなってしまった」

「……」

「よほど根を詰めて働いていたんだろう。それだけ、君のお姉ちゃんに詫び続けていたんだ」

「……」

「だから私は、生島清司の意思を引き継いだ。長く時間を空けてしまったが、あの電柱に花束を供える事にしたんだ。君がうちの高校に来る事も分かったからね」

「え……」

「君のお姉ちゃんの家族自慢の話の中には、何度も君の名前が出ていたよ。忘れられるものか。だからこそ、だったかもしれないがな」

「……」

「それでも君は、まだ前を向く事ができないかな?」


 最後にそう言ったあの人の声は、今まで一番優しく聞こえてきた。僕は何も言葉を返す事ができず、やがて逃げるようにプレハブ小屋を後にした。

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