第100話

「それでも、自分は詫びたい」


 声を振り絞るようにして、生島清司は言った。


「彼女が生きた証をほんの一片もこぼす事なく、死ぬ瞬間まで詫び続けたい。今はまともに職にも就けていないが、真っ当に金を稼げるようになったら、妻に代わって賠償金も払っていきたいんです……」

「ずいぶん、困難な選択をされますね」

「いくら刑期を満了させても、自分の中の罪悪感が薄れるような事はないので。せめて彼女の遺影にだけでも手を合わせたいのですが、それも今は叶わず……」


 そう言って、つらそうに両手を組む生島清司を見て、あの人は不憫に思ったという。生島清司だと分かってすぐは怒りで気がおかしくなりそうだったが、こうして面と向かい合ってみれば、後悔の念にいともたやすく押し潰されそうになっていて、今にも掻き消えてしまうのでないかと思えるほどに存在が危うく見える。


 このままでは、彼は絶えず押し寄せ続けてくる己の罪悪感に耐えきれないだろうと考えたあの人は、少し時間を置いた後で「分かりました」と静かに言った。


「本当ならあまりよろしくない事だろうが、あの子の写真が一枚あればいいですか?」

「え?」

「元担任であったし、もしかしたら高校のアルバムとか会報紙などを探してみれば、あの子の顔写真の一枚でも見つかるかもしれない。それをコピーしてあなたにお渡しするというのは、妥協案になりませんか?」

「あ、ああ……ぜひ、お願いします!」


 生島清司の涙がほんの一瞬だけ、嬉し涙に変わったひと時だったそうだ。







 一週間後。あの人は会報紙から姉が写っている写真を見つける事ができた。文化祭の様子を撮った一枚だったらしく、制服を着た一年生の姉が横に立っている美喜さんの方を向いて、満面の笑みを浮かばせているものだったという。


 それを職員室のコピー機でコピーし、そこから美喜さんが写っている部分を切り落として、姉の満面の笑みだけが残ったものを生島清司に渡した。以前と違って、少し小ぎれいになっていた生島清司はまたぼろぼろと涙をこぼしながら、何度も何度も「ありがとうございます」と言ったそうだ。


「これで、死ぬまで彼女に詫び続ける事ができます。本当にありがとうございました」

「いや、大した事ではないから……。ところで生島さん、他にやるべき事があると言っていましたが、そのめどは立ちましたか?」


 姉の写真を渡した後で、あの人は生島清司にそう尋ねた。生島清司はこくりと頷いた後で答えた。


「まず、仕事が決まりました。小さな工場こうばですが、しっかり稼いで、娘がお世話になっている遠縁の家に少しでも仕送りできればと……」

「娘さんには、お会いにならないのですか?」

「あの当時、娘はまだ5歳でした。どうして急に父親がいなくなり、知らない家にもらわれてきたのか不思議で仕方なかったでしょうが、今ではその事情も知るところとなってるでしょう。名字も変わってるから、そうそう後ろ指を指される事はないと思いますが、自分が会いに行く事でこれ以上つらい思いをさせたくないんです。だから、陰ながら成長を見守ろうと思っています」

「そうですか」

「あと、もう一つ」

「何でしょう?」

「彼女に、花を供えてあげたいんです」


 そう言って、生島清司はほんのわずかに笑ったという。

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