第90話
「新しいご家族とは、うまくやれてるようだな」
朴念仁な自分らしく、不躾で野暮な言葉だったかもしれない。だが、毎日のように周りの者達への家族自慢を欠かさないほどなのだから、よほど新しい生活が気に入ってるのだろう。そう考えたあの人は、ほんの少しの躊躇を交えながらも尋ねてみた。すると姉は、はっきりと「はい」と答えてからあの人の顔をまっすぐ見据えた。
「毎日が、本当に楽しいです。子供の頃からずっと欲しかった父と弟が、いっぺんにできてしまったんですから」
「そうか。以前君はものすごく幸せだと言っていたが、今もそれが続いているようで何よりだ」
「やだ。何を言ってるんですか、吉岡先生」
聞き覚えのある姉のその言葉に、あの人は慌てて姉の顔を見つめ返す。何だ? 何か間違ったか? 何を言ってるって……。どうしてそんな事を言われるのか分からず、あの人が困惑していると、姉はまるでからかうかのように言葉を続けたそうだ。
「吉岡先生。私、一昨日から瀬川君と付き合い出したんです」
「え?」
「瀬川君から告白されて、OKしました。昨日、その事を美喜に話したら、ちょっと不機嫌になったんですよ。『じゃあ、当分私が一番じゃなくなるんだね』なんて言って。おかしいでしょ? 美喜とは将来、共同のファッションブランドを立ち上げて二人だけのお店を持とうねって約束してるのに」
そう言って、姉は手元のブロマイドカードを両手で掬い取るように持ち上げると、微笑みながらそれをじっと見つめた。父と母と、姉と僕。新しい形を成した幸せそうな四人の家族が確かにそこに写っていたと、あの人は言った。
「前と同じな訳ないじゃないですか」
姉が言った。
「毎日毎分毎秒、私の中の幸せは天井知らずにどんどん更新されていってるんです。ほんの一瞬だって、同じ幸せは私の中にないんですよ? それって信じられますか?」
「え……」
「怖いくらいなんです。私が望んでいた事が一つずつ、確実にどんどん叶っていって、そのたびに幸せで。私なんかがこんなに幸せでいいのかなあって考える事もあります。世の中には大変な思いをして生きている人達も大勢いるっていうのに」
「……いや。まだまだ、これからなんじゃないか?」
家族もなく、定年が過ぎてしまえば、ただ朽ちていくのみの自分と違って、姉にはこれから先の未来がある。いくら多感な時期とはいえ、この程度の幸せで怖いなどと言っているようでは、まだまだ子供なんだなあとあの人は薄く苦笑いを浮かべた。
「私なんかって言うな」
諭してやろうとか偉そうな事を言うつもりはこれっぽっちもなかったが、それでもこれだけは言っておきたいとあの人は口を開いた。
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