第84話

「お姉ちゃんの事、かい?」

「はい。父から聞きましたけど、先生は姉の担任だったんですよね?」

「ああ、一年の時の担任だったよ」


 僕の声色からかなり真面目な話になると汲み取ってくれたのか、あの人はちゃぶ台の下であぐらをかいていた両足を折り目正しい正座へと変える。僕もそれにならうように正座し直した後、両手の中のグラスをちゃぶ台の上に置いた。


 何と切り出していいのか、非常に迷った。どんなふうに尋ねればいいのか。もし、さっきみゆきさんと話したように、分からない事ばかりがただ増えるだけだったらどうしようと、恐怖に近い感情に飲み込まれそうになる。それでも何とか決意を鈍らせずに済んだのは、あの人の方が先に話し始めてくれたからだ。


「君から先生と呼ばれると、何だかくすぐったいな。それなのに懐かしいとも思ってしまうのは、きっと君があの子の弟さんだからだろうな」

「……」

「前は君を怒らせたけど、やっぱり似ていると思うよ。君とお姉ちゃんは、そっくりだ」


 一学期の、あの焼却炉での事を思い出す。あの人と木下の前で、ずいぶんとみっともないかんしゃくを起こしてしまったものだと今更ながらに反省したが。


「いいえ、似てませんよ」


 今も、あの時と意見を変えるつもりはさらさらなく、僕は首を横に振った。


「僕と姉はどこも似てません」

謙遜けんそんなんかしなくていい、君達は本当によく似てるんだ」

「血、繋がってないんですよ?」


 あまりにあの人が力説してくるものだから、何だかちょっとおかしくなってきて、僕は口の両端をほんの少しだけ持ち上げる。遺影や、仏壇に置いてある姉の写真を何度もはっきりと思い出してみたが、姉はどう見てもその面差しが母によく似ている。だから、父にそっくりだと父方の親戚や近所に住んでいるよそのおばあちゃんによく言われる機会が多い僕には、決して当てはまらないんだ。


 だから、その根源たる理由をはっきりと口に出したというのに、あの人はまるでそんな事は何でもないと言わんばかりに「うん」と大きく頷いてみせた。


「知ってるよ」

「え……」

「あの子から、話は聞いていたんだ。自分に弟ができたんだってね」


 その言葉を皮切りに、あの人は僕の知らない姉の話を長い時間をかけて事細かに聞かせてくれた。その話にはほんのわずかもムダというものが存在してなくて、「17歳の世界」を懸命に生きていた等身大の姉の姿を垣間見る事ができた。


 そして思いがけず、僕は姉がいなくなった交差点の横断歩道の電柱に花束を供え続けてくれていた者の正体を、あの人の話の最後の部分で知る事になる――。

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