第80話
みゆきさんと霊園の入り口で別れた僕は、そのままふらふらとした足取りで帰りの電車に乗った。
僕の頭の中は今、混乱を極めていた。これまでずっと家族だからと分かった気になっていた姉の存在が、ここに来て全く訳の分からないものへと変化してしまっている。そのきっかけを思いがけず与えてくれたみゆきさんへのいらだちはまだ残っているが、それ以上にどれほど難攻不落な事件を解決する事のできる名探偵でも決して解き明かせないような大きな謎を目の前に突き付けられて、もうどうしていいのか分からない。
姉は幸せだったに違いないと、みゆきさんは確かに言った。だったら、その幸せを噛みしめたまま、ずっと僕達の側にいてくれていればよかったじゃないか。何が不満だった、何がそんなに不安でいなくなってしまったんだ?
僕達にそれらを何一つ示すものを伝える事も残す事もなく、姉は永遠にいなくなった。まるで最初から存在していなかったかのように、静かに――。そこまで考えてしまった瞬間、僕は背中にぞくりと冷たい何かが迸ったような気がして、とても怖くなった。
違う、違う違う。何をバカな事を考えたんだ、僕は。姉は、確かにあの日までこの世界に存在していた。父と母の見合いの場で出会い、僕の事を弟だと認めてくれて、僕達四人が新しい家族となる事を心の底から喜んでくれた。恋人や親友にも恵まれた。将来はファッション関係の仕事に就いて、その親友と共に自分の店を持つ。そんなはっきりとした夢を持っていた姉が、僕の中にしかないただの妄想だとでもいうのか。そんな事、絶対にあり得ない!
僕はふつふつとせり上がってくるこの不安を解消したくて、たまらなくなった。誰かと、姉の話がしたい。誰かと一緒に、姉が存在していたという証を立てたい。誰かと、姉がこの世界にいたという事実が夢や幻ではなかったのだと再確認したかった。
では、誰とそうしようかと、今度は頭の中で消去法を試みる。今朝の事を考えれば両親は言わずもがなだし、みゆきさんはもってのほか。そうなると洋一さんも同じ事だし、木下に至っては論外にも程がある。そもそも彼女の家を知らないし、夏休みで学校は。
「あ……」
そこまで考えて、最後に思い浮かんだ人の顔。もしかしたら、いるかもしれない。僕は、その思い浮かんだ人に今から会いに行こうと決めた。
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