第62話
洋一さんから結婚式への手作り風招待状が届いたのは、夏休みに入る少し前の事だった。
洋一さんと連名で今野みゆきの名が記されてあった招待状の入った封筒には、姉の十三回忌の際に彼が教えてくれた独身寮のものではなく、初めて見るマンションの住所があった。二人で暮らす為の新しい
だが、それと同時に腑に落ちない事もあった。確か、式を挙げるのは来年の予定だと言っていたのに、招待状を開いてみれば日取りは今年の九月に執り行うとなっている。どういう事かと、招待状と一緒に添えられてあった洋一さん直筆の手紙を父と二人、食卓で読み進めてみれば。
『このほど、来年に予定しておりました式の日取りを突然繰り上げました理由を申し上げますと、新婦となるみゆきのおなかに新しい命が宿っている事が分かりました。みゆきの体調を優先的に考慮すべきなのでしょうが、家族全員で新たな人生の門出を迎えたいというたっての希望を叶えさせてやりたいと考え、彼女が安定期に入った頃合いを見計らって式を執り行う事となりました。ご多忙の中、大変恐縮ではありますが、ぜひご出席下さいますよう、お願い申し上げます』
手紙を読み終えた父はしばらく押し黙っていたが、やがてとても長い息を細く吐き出した後で「そうか……」とつぶやくように言った。
「そうか、洋一君が父親に……」
しかも、まるで自分の事のように嬉しそうに微笑んでいたので、僕は何の遠慮もなくムカッと来た。
何で父はそんなふうに笑っているのだろう。本当なら、洋一さんと一緒に名前が並んでいたのは姉だったはずなのに。本当なら、生まれてくるのは全く血の繋がらない赤の他人の子供じゃなくて、父や母の孫になるはずの子供だったというのに。
腹が立って仕方なくて、僕は座っていた食卓の椅子から乱暴に立ち上がった。
「僕、出席しないから」
「え?」
「どうせ、母さんだって出席しないんだろ?」
「いや、それは……今からゆっくり話して聞かせるから、大丈夫だと思うぞ?」
「それでも僕は嫌だ。祝福できないよ」
姉の事を卒業するとのたまった洋一さんの顔が浮かぶ。そんな洋一さんの背中に守られるように立っていたみゆきさんの姿も浮かんだ。
「姉さんが、可哀想だ……」
あの日、いなくなりさえしなければ、きっと今頃姉は洋一さんと結ばれていただろう。そうなる事を姉自身が一番望んでいただろうし、あの頃は洋一さんだって望んでくれていたはずだったのに。
姉がどこかで泣いているような気がして、僕はたまらない気持ちになる。そんな僕を、椅子に座ったままの父は何とも言えない表情のまま見上げていた。
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