第60話
「放課後、教室を出る前に島崎君に捕まってね。何も聞いてないのに、いろいろ話してきたの」
木下の口元が苦笑いを浮かべた。
「正直、支離滅裂で自分本位な事ばっかりだったし、何だか告白めいた事も言われたんだけど……唯一、私のせいでケンカをしたんだって事は分かった」
「……」
「だから、痛い思いをさせてごめんなさ」
「うぬぼれんな」
木下が最後まで言葉を紡ぐ前に、僕はきっぱりと言ってやった。あれはそんなんじゃない、少なくとも僕はそんなふうに思ってなかったんだから。
「島崎がどう言ったか知らないけど」
ぽかんとしている木下に、僕はどんどん言ってやる。
「あいつとああなったのは、単純に僕がムカついたからだ。前々から無意味に絡まれてて、ちょうどあの時爆発しただけだよ」
「え、でも……」
「もういいから。早く帰らないと日が暮れるぞ」
これ以上、島崎との事を話してもしょうがないし意味がないと思った僕は、玄関に向かってくるりと回れ右をした。その際、包帯を巻いていない左手に持ったカバンと紙袋がぶつかり合って、ガサガサッと耳障りな音を立てる。何だか、今の僕と木下みたいだと思ってしまった。
「……うん、分かった」
回れ右をして、玄関のドアとにらめっこしたまま動かない僕の背中に向かって、少し寂しそうな木下の声が降ってきた。
「それじゃ、帰るね。また明日、学校で」
「……」
「ケガ、お大事にね」
その言葉の次に聞こえてきたのは、木下の足音だ。僕の家の前からゆっくり、でも確実にどんどん遠ざかっていくその足音に、僕は何故か急に焦りのようなものを感じ始めた。
帰れと言っておきながら、このまま彼女を帰していいものかと、ずいぶん矛盾した気持ちが僕を急かさせる。また長い時間引き止めたい訳じゃないけれど、まだ何かひと言言ってやりたいような。でも、いったい何を……。
その時だった。僕の脳裏に、あの日曜日の交差点の電柱が浮かんできたのは。そうだ、そうだったじゃないか。
「木下!」
僕は玄関先から数歩分だけ飛び出し、遠ざかっていく木下の背中に向かって大声を出した。呼び止められると思っていなかっただろう木下は、心底不思議そうな表情でこっちを振り返ってきた。
「ありがとう!」
少し距離ができてしまってる分、僕は大声で言った。
「え……?」
「日曜日、あの交差点に行ってきたんだ。電柱に白いユリの花があった、あれって木下が供えてくれたんだろ?」
二日前に木下が僕の家へ来た時、美喜さんが叩き落とした花束と同じ色のユリだったんだ。きっと仏壇に手を合わせられなかった分、姉がいなくなってしまった場所に赴いて供えていってくれたんだろう。せめてその事くらいには、お礼を言おう。そう思って、叫んだっていうのに。
「……違う、私じゃない」
木下はゆるゆると首を横に振って、そう答えた。
「私、お姉さんの亡くなったその交差点にはまだ行った事がないの。あんまり申し訳なくて、まだものすごく怖くて……」
「え?」
「だから、私じゃないの」
……木下じゃ、ない? じゃあ、いったい誰だったっていうんだ?
訳が分からなくて、僕の左手に力がこもる。また、ガサガサッと耳障りな音が響いた。
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