第58話
いつもよりもずっと早く帰ってきた父と、そんな父の車で一緒に帰ってきた体育着のままの僕を玄関先で出迎えた母は思った通りとても驚いていたけれど、僕の「体育の時間に転んだ」という嘘をあっさりと信じた。そして「お姉ちゃんが心配するから、安静にしておきなさいね?」なんて言いながら、せっかく下ごしらえをしてくれていた唐揚げを取りやめ、そのままカレーの具として大鍋に放り込んでいた。
姉の存在が前提にあるにせよ、それでも僕の右手を気遣ってくれたのだと思ったら何だか嬉しくなった。母の中の優先度は本当にはっきりしているから、その口から姉の名前が出てくるたび、いなくなってしまったのは僕の方なんじゃないかと思う事が、実は時々ある。いや、もしかしたら母の目には本当にそう映ってしまっているのかもしれない。
いいや、そんな事ある訳ないと自分に言い聞かせながら、僕は「着替えてきなさい」と言う父の言葉に従って、自室へと向かう。そのままゆっくりと部屋着に着替えて、ベッドの上に体育着を放り投げたら、何故か右手やわき腹ではなくて、胸のあたりがずきりと痛んだ。
何でこんな所が痛くなるんだ? 島崎にここは殴られていないはずなのに。訳が分からなくて部屋の真ん中で首をかしげていたら、ふいにベッドの上の体育着のズボンのポケットから何かがはみ出ている事に気付いた。
これは……と、それを拾い上げるのと同時にドアの向こう側から聞こえてきたのは、ノックの音と母の声だった。
「着替え、終わった?」
「うん。何、どうしたの?」
「クラスメイトの人が、制服とカバンを持ってきてくれてるわ。お礼を言いに行きなさい」
「え、誰?」
「木下って名前の女の子だったわね」
ドア越しにそう聞こえてきた母の声にびくりと両肩を震わせた僕は、慌てて外に面した窓のカーテンを開けて下を覗き込む。すると、玄関先に背中を向けて立っている制服姿の木下がいた。一度家に帰ってからわざわざ来てくれたのか、彼女の分のカバンはどこにも見当たらず、僕のカバンと制服が入っているだろう大きな紙袋がその細い両腕の中に収まっている。
使い古しで、少しくたびれている部屋着のままで出ていくのは
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