第45話
日曜の昼時とあって、自転車に乗って道路を駆けていけば、それなりの数の人々とすれ違った。
実にいろんな人がいる。小型犬のリードを持って、ゆったりと散歩を楽しんでいる女の人。どこか楽しい所にでも出かけようとしているのか、満面の笑みで手を繋いでいる家族連れ。だるそうな顔をしながら大きめで布製のショルダーバッグを肩に提げて歩いている小学生は、これから学習塾にでも向かうのだろうか。
彼らは……いや、僕も含めたこの地球上に生きる全ての人間達は、数年後や数日後、いや数分後や一瞬先でさえも、自分達の未来を知る由がない。ただひたすら、自分達の人生にある程度以上の幸せだけが舞い降りてくる事だけを祈って、生きている。いつ何がどうなって、大きな不幸が訪れるかもしれないのに、そんな事態が来る事を疑いもしないでいる。一寸先は闇だと、昔の人がしっかり公言したにもかかわらずだ。
僕は、それを身をもって知っている。できる事なら、政治家が街頭演説するみたいに大きな声でそれを皆に教えてやりたいくらいだ。そうでないと、皆と僕と同じく灰色の世界の住人になってしまうぞと。
あの日から、ずっと考えている。どうすれば、姉は僕の前からいなくならずに済んだのだろうと。
「もういいや」。確かにそう言ってから、姉はその身を交差点の横断歩道に投げ出した。何が「もういいや」だったのだろう。何が姉をそんなふうに納得させて、あんな事を決意させるに至ったのか。
あの日からしばらくの間、両親は姉の部屋やその周辺を徹底的に探したが、遺書らしきものはもちろん、その心の内を綴ったようなメモすら見つける事はできなかった。本当に、いつもと何も変わり映えなかったのだ。それくらい姉は、まるで氷が溶けて水になり、やがて蒸発して空気の中に紛れ込んでいくかのように、自然体のままでいなくなってしまった。
「何で……」
もう何百、何千回唱えたか分からない言葉を繰り返したところで、僕の自転車はあの交差点に差しかかった。ちょうど赤信号になっていて、ゆっくりとブレーキを握り込みながら、僕はあの電柱の根元に目を向け……思わず大きく息を飲んだ。
「あっ……!」
驚くなという方が無理な話だった。いつものように花束が供えられている事にじゃない。その花に、驚いたんだ。
昨日の夜に見たものと、全く同じだった。大ぶりで真っ白な花びらを
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