第41話

二度目という事もあったせいか、最初の時みたいに僕は呆然とする事はなかった。その代わり、ジンジンというかガンガンといった痛みが頭の中だけじゃなくて、全身くまなく駆け巡っていくような感じがして、ものすごく煩わしい。それを一瞬でも早く払いのけてしまいたくて、僕は震えそうになる唇を懸命に動かした。


「どういう事……?」


 情けない事に、声が上ずってしまった。それでも聞かずにはいられなくて、僕は美喜さんをまっすぐに見据える。美喜さんも玄関先での父との邂逅の時と違って、僕から視線を外さなかった。


「言った通りよ」


 美喜さんが言った。


「確かに専門学校は卒業したし、一度はあるブランドのアパレルショップに就職した。でも、二年ともたずに辞めちゃった。それからいろいろあって、三年くらい前からホステスやってんの」

「な、何で……?」

「訳分かんなくなったから」


 そう言って、美喜さんはふうっと短いため息を漏らす。訳が分からないのは、こっちの方だった。


 もしかして、あの香水の匂いはホステスの仕事で身に着いた酒やたばこ臭さを隠す為のものだったんだろうか? あの派手な赤いジャケットも、僕の目の前にあるまばゆいほどの金髪も、ホステスをしているが為に……? 僕は危うくふらついてしまいそうになった両足に、すんでのところで力を入れ直して踏ん張った。


 ついさっきまで唯一の味方だと思っていた美喜さんが、何だか別人に見えた。洋一さんと一緒で、まるでどこか別の世界の見知らぬ生き物のように思えて……。美喜さんまでが、僕の灰色の世界の登場人物というカテゴリーからどんどん外れていってしまうような気がして、僕はひどく焦った。


「……何で、ホステスなの」


 僕は、今度は上ずらないように慎重に声を絞り出した。


「何で、姉さんとの夢を叶え続けてくれなかったの? 美喜さんだったら、そんなの朝メシ前っていうか……何も難しい事なんかないだろ」

「……」

「ねえ、どうしてだよ」

「……」

「今の美喜さん見たら、姉さんが何て言うか」

「……それを知りたかったのかも」

「え?」


 ふいに返ってきた美喜さんの言葉に、身構えていなかった僕の体はみっともないくらいに揺れた。それを見越していたかどうかは分からないけれど、美喜さんはそんな僕に怯む事なく、さらに言葉を続けた。


「本当に訳分かんなくなったのよ。あの子の分までしっかりやらなくちゃって思いながら必死に勉強して、望んだ通りの就職もした。なのに、何だかそうじゃないっていうか、違うってあの子に言われてるような気になった。何がって問い返したところで、あの子から返事はない。ただひたすら違うってばかり言われてる気がして……それがだんだん億劫になってきたから店を辞めたの」

「何、それ……」

「そう思うでしょ?」


 美喜さんが、苦笑を浮かべた。


「だからいろいろやってみて、最終的にホステスに辿り着いたのよ。今は、あの子に絶賛問いかけ中な訳。さあ、今の私を見てどう思うって。何か言いたい事あるなら言ってみてよってね」

「……」

「あんたに、分かってもらえるとは思ってない。これは私とあの子の問題だから」


 そう言って、美喜さんはまた短いため息を漏らした。

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