第40話

僕が姉の部屋の床に来客用の布団を敷き終わる頃になって、美喜さんは風呂から上がってきた。母から姉が使っていたパジャマを渡された時は何故か断ろうとしていたが、それしか替えもなく寸法も合っていないからと言われてしまった事でしぶしぶ受け取っていた。そして今、その姉のパジャマに袖を通してやってきた美喜さんは、金髪である事さえ除けばあの頃と寸分違わぬ姿となっている。


「やっぱり、美喜さんはまだまだイケてるよ」


 僕がそう言うと、美喜さんはお風呂のせいで上気している頬を緩ませながら「パジャマ姿を褒められてもねえ……」と応えた。


「でもまあ、ありがと。あんたに言われると、あの子もそう言ってくれてるみたいで嬉しいわ。この部屋の空気も、本当に懐かしい」

「母さんがこまめに掃除してくれてるし、あの頃にあった物もほとんど処分してないみたいなんだ。いつでも姉さんが帰ってこれるようにって」

「そっか。おじさんやおばさんは大変だろうけど、私にはありがたいわ。この部屋だけ時間が止まってくれてるみたいで」


 すうっと大きく息を吸い込んで、美喜さんが目を閉じる。たったそれだけの仕草が、僕と美喜さんをあの頃へと引き戻してくれてるみたいに思えた。


 僕は、少なからず安心していた。僕の中の「17歳」という灰色の世界の片隅に、美喜さんという心強い味方がいてくれていた事に。これまでずっと一人で姉の生きてきた証や、急にいなくなってしまった真意を探し続けなければならなかったけど、これからは美喜さんも。姉と同じ夢を思い描いてくれていた美喜さんも一緒なのだと思ったら、来れ以上に頼もしい事はなかった。


 そんな心持ちが、油断を招き入れてしまったんだろう。僕は軽い気持ちで、美喜さんに尋ねてしまった。


「美喜さん、今はどこのファッション関係の仕事に就いてるの?」

「え……」

「確か、どこか服飾系の専門学校を卒業したんだよね? そのまま就職したって聞いたから……もしかして、もう独立とかしてたりして?」


 そうなっていても、おかしくないと思った。姉は高校を卒業したら、美喜さんと共同経営で店を持つ事を夢見ていたから。この部屋にいる時、二人は他愛もない雑談をひと通りし終わった後、必ずと言っていいほどその夢についてたくさん語り合っていた。


 もう姉はいないけど、姉の事を忘れていない美喜さんだったら、二人で描いていたその夢だって忘れていないはずだ。その為に専門学校へ進学したんだろうし、きっと姉に代わって実現してみせようと努力を重ねてきた事だろう。


 僕は、立派な佇まいを持つ店を構え、見目麗しいたくさんの服に囲まれて仕事をしている美喜さんを頭の中で思い描いていた。きっと、「うん、そうだよ」と美喜さんは答えてくれると思ってた。


 それなのに、姉のパジャマに身を包んだ美喜さんの口から出てきたのは、僕が思っていたものとは全く違った言葉だった。


「ごめん。そっち系の仕事は今、全然やってない」

「え?」

「私、今はホステスやってるから」


 洋一さんの時と同じだ。本日二度目の、トンカチで殴られたような衝撃が僕の中に走った。

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