第39話

「昔から、無神経な奴だとは思っていたけど」


 美喜さんの声に、怒気がこもっていた。


「何であの子の十三回忌に婚約者とか連れてくる訳!? いったい、どういうつもりで」

「姉さんを卒業したいって、言ってた」

「は?」

「来年、式を挙げる予定だって言ってた。だから、今日を最後にしたいって……」

「相変わらず、勝手な男ね」


 美喜さんは完全に僕の方に向き直って、両手のこぶしをぎゅうっと強く握り込む。仏壇に背中を向けたのは、今の怒りの感情に満ちた顔を姉に見せたくないという配慮だったに違いない。


 美喜さんは、さらに言葉を続けた。


「そういうところがあったから、私、瀬川君の事がずっと嫌いだった。あの男の裁判だってそうよ。私がどんなに一緒に見届けようって言っても、頑なに拒否って、結局一度も来なかったし」

「そうだったね。判決の時は、ありがとう。僕達の代わりにあんなに怒ってくれて。署名とか資料集めとかも、父さん達と一緒にやってくれたよね」

「そんなの当然よ、あの子の為だし。ていうか、覚えてるんだ」

「忘れられる訳ないよ」


 僕がそう言うと、美喜さんはつぶやくように「そっか……」と答えて、怒気を少し和らげる。そして、あの頃を思い出しているかのように、視線を天井に向けてほうっと息を漏らした。


 見た目はともかく、美喜さんも変わってないなあと僕は思った。姉がいた頃、美喜さんはよくうちに泊まりに来てくれたけど、姉の部屋の中でよくいろんな話をしては、様々な感情をその顔に浮かばせていたものだ。


 苦手な数学で赤点を取ってしまって愚痴っている時とか、好きなファッションモデルの話をしている時とか、同じクラスの男子にいちゃもんを付けられてムカつくとか言ってた時とか、その都度美喜さんは身振り手振りを交えた豊かな表情で姉に話していたのを覚えている。聞き上手だった姉も心底楽しそうで、美喜さんと一緒にいる時は、僕達家族とのそれとはまた違う幸せを感じているようだった。


『美喜はね、お姉ちゃんのとっても大事な親友なんだから』


 また脳裏に、そう言っていた姉の姿が浮かぶ。だから僕は、そこにいる姉が安心できるようにそっと心の中で呼びかけた。


 大丈夫、姉さん大丈夫だよ。洋一さんはもう仕方ないけれど、まだ美喜さんがいる。美喜さんなら、きっといつまでも姉さんの事を覚えていてくれるよ。だから、大丈夫……。


 やがて母がやってきて、「美喜ちゃん。よかったらお風呂入っていく?」と声をかけてくるまで、僕は何度も何度もそうやって姉に語りかけていた。

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