第37話
「……ご無沙汰してました、おじさん。お元気そうで何よりです」
僕が先に立って玄関のドアを開けると、そこには自分の靴を履こうと身を屈めていた父がいた。たぶん、なかなか戻ってこない僕の事が心配になって様子を見に行こうとしてくれてたんだろう。そんな時に、昔とだいぶ見た目が変わってしまった美喜さんが僕に続いて中に入ってきたんだから、さらに驚いてしまったんだと思う。ていねいな物言いであいさつをしてくれた美喜さんに、父はなかなか返事ができないでいた。
「出席のお返事も出さなかった上に、こんな遅い時間にお伺いしてしまって本当にすみません。もしよかったら、あの子にお線香だけでもあげさせてくれませんか?」
「え……あ、ああ……」
父は、目の前にいる金髪で赤いジャケットの彼女が美喜さんだとまだ分かっていない。それもそうだろう。昔、この家に遊びに来てくれた高校生の女の子とは何もかもが明らかに違っていて、父の頭の中で結びつかないんだ。少なくとも、あの頃の美喜さんからはこんなに香水の匂いなんて漂ってこなかった。
「父さん、美喜さんだよ」
つい見かねて、僕は口を出してしまった。
「姉さんの親友の、遠藤美喜さん」
「えっ!?」
父が信じられないと言わんばかりに、両目を大きく開かせる。その視線に少し居心地悪くなったのか、美喜さんはちょっとだけ顔を逸らしながら、また「すみません」と言った。
「仕事を無理矢理抜けてきたので、こんな格好で来てしまって……」
「ああ、いや……いいんだ。十三回忌だし、そんな畏まる必要もないよ。あの子の為にわざわざすまなかったね」
「ありがとうございます。あと、迷惑ついでと言っては何ですけど、今日泊めていただく事はできますか?」
さっきはずいぶんと甘えたような感じに言ってきたのに、今度は何だかおずおずと言いにくそうにそう尋ねてくる美喜さん。僕が返事もせずに中に通してしまったのもいけなかったけど、突然の申し出に父もどうしていいものかと思いあぐねて、すぐに答える事ができない。
そんなわずかな沈黙を破ったのは、台所の方からこっちを覗き込んできた母だった。母はすっかり見た目が変わってしまった美喜さんを見て、ぱあっと今日一番の明るい笑顔をしてみせた。
「あら、美喜ちゃんじゃない。遊びに来てくれたの?」
ぱたぱたと廊下にスリッパの音を響かせて、母が駆け寄ってきた。
「久しぶりねえ、美喜ちゃん。何だか、この前よりきれいになってない?」
「ご無沙汰してます、おばさん」
同じ女同士だからか、母はすぐに美喜さんの事が分かったらしく、昔のようにはしゃぎ始める。しきりに「よかったら晩ごはん食べていく?」とか「今日は泊まっていくの?」と問いながら、美喜さんの腕を取ってぐいぐいと中に招き入れる。そんな様子を見ながら、僕は父に言った。
「こんな時間だし、今日は泊まっていってもらおうよ。僕が姉さんの部屋に布団運んでおくから」
「……そうだな」
苦笑いを浮かべながら、父が答える。もし姉がいてくれてたら、あの頃と何も変わり映えしない光景に懐かしんでいたのかもしれない。さっきまで大きく開かれていた両目が、今度は細くなっていた。
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