第三章
第34話
「主文。被告人を、懲役五年とする」
姉がいなくなって、一年と半年が過ぎようとした頃。僕達家族は裁判所の傍聴席に座っていた。
その日は、姉の体を無残に巻き込んだあの大型トラックの運転手だった男に対する判決が出る日だった。第一回目の裁判ではたくさんのマスコミが集まっていたというのに、裁判の途中で世間を大きく賑わすほどの殺人事件が他に発生してしまった為、この日の傍聴席にいたのは何人かの傍聴マニアと僕達家族、そして美喜さんだけだった。
主文を申し渡した後、裁判官席に座っていた裁判長は次にその判決理由を淡々と言い連ねていったが、小学校に上がったばかりだった僕は、彼が何を言っているのかさっぱり分からなかった。右隣に座っている父が悔しそうに口元を引き締めているのも、左隣に座って姉の遺影を抱きしめている母がぼろぼろと大粒の涙を流しているのも、全く意味が分からない。ただ、一つだけ確かな事はある。目の前の証言台に立っている男がどう裁かれようと、姉が帰ってくる事はないのだと――。
そう思ったら、僕の小さな体はたまらなく熱くなってきた。生まれて初めて、憎悪というものを感じていたと思う。
確かに、この男は信号を守っていたかもしれない。自分も証言する事になったが、確かに姉は赤信号だったのに交差点の横断歩道へと、その身を投げ出した。
それでも、確かにあの大型トラックは姉を奪い去った事に違いはない。僕の目の前で、永遠に。何が過剰業務だった、だ。何がトラックの死角になってて、姉の姿をはっきり見る事が叶わなかった、だ。
例え、どんなに偉い裁判官の人が許しても、僕は絶対に許すもんか。そう思いながら、僕が席を立ち上がった時だった。
「ふざけんな、この人殺し!」
僕達家族の後ろの席に座っていた美喜さんが、嗚咽混じりにそう怒鳴り散らした。
「私は、絶対あんたを許さないから! あの子を返してよ、この人殺し~!!」
「静粛に!」
美喜さんの怒鳴り声に、証言台に立っていた男の背中がびくりと震える。裁判長が厳しい声で制止を求めたが、きっと僕以上に激しい怒りを称えていた美喜さんの叫びは止まる事はなく、ついには退廷を命じられてしまった。
裁判所のドアの向こうに行ってしまうまで、美喜さんは僕達家族の代わりに、何度も何度も叫んでくれていた。なのに、証言台の被告人である生島清司は、ついにこっちを振り返る事も謝罪の言葉を発する事もなかった。
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