第32話
「嘘。もしかしてあんた、あの子の弟の……?」
信じられないとばかりの震えた声で、美喜さんがそう言う。たぶん僕も、似たような気持ちだった。
最後に顔を合わせたのは、姉の三回忌法要の日だ。その日、二十歳になったばかりの美喜さんは姉の遺影に向かって、とても悔しそうにつぶやいていたのを覚えてる。
『ねえ、どうしてくれんの。私、二十歳になっちゃったよ? おそろいの振袖着て、一緒に成人式出ようねって約束してたじゃん。それなのにあんた、私一人で行かせるなんてあんまりじゃないのよ……!』
姉がいなくなってしまった事をいつまでも惜しみ、悼み、悲しんでくれる優しい人だった。姉が美喜さんをとても大事な親友だと言うたびに、美喜さんも姉の事をこの世でたった一人のかけがえのない親友だと返していて、幼かった僕は心底うらやましく思ったものだ。僕も二人と同じくらい大きくなったら、そんなふうに自信を持って言い合える親友と巡り合えるだろうかと期待していた。
そんなふうに思っていたからだろうか、あの頃の僕には姉と美喜さんがとてもまぶしく、それでいて大きく見えた。あくまで漠然とした感覚であったが、何となく超えられない壁だったっていうか、きっとこの二人にはいつまで経っても追い付けないだろうと勝手にあきらめていた。
そうだったはずなのに、美喜さんの体はすっかり小さくなっていた。背だって僕の方がずっと高くなって、簡単に追い越してしまっている。昔、僕を軽々と抱き上げたりおんぶしてくれていた彼女の両腕は、こんなに細かっただろうか……。
うん、と答えた後、僕は美喜さんをじっと見つめながら言った。
「美喜さん、ちゃんと食べてるの? 前はこんなに細くなかったじゃんか」
「細いって……場合によっては褒め言葉になるでしょうけど、今だけは違うわね。あんたが大きくなっちゃったのよ」
苦笑いを浮かべる美喜さんの右手首は本当に細く、僕の手のひらだけで充分なくらいだった。あと、今更ながらに気付いた事だが、美喜さんの体から香水とアルコール臭が混ざったような匂いがした。
「積もる話は後でするとして、今はどいてくんない?」
そう言うと、美喜さんはまだうずくまっているもう一つの人影に向かって、再び鋭い視線を向けた。
「私、まだあいつの口を割らせてないから」
「い、いや……美喜さん、やめてよ」
「何言ってんの!? あいつが誰だか分かって……」
「クラスメイトだから!」
そう答えると、僕はそろそろと肩越しに背後のアスファルト道路を見る。真っ白なユリの花びらと共にそこにいたのは、どういう訳かクラスメイトで学級委員の木下唯だった。
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