第31話

「本当、信じらんないわ! あんた、どのツラ下げてここに来た訳!?」


 女の声が畳みかけるように続いた。


「今頃手を合わせに来たって遅いのよ! あの子がどんなに痛い思いをしながら死んでいったと思ってんの!? 大体、あいつはどうしたのよ!? 何であいつじゃなくて、あんたが来るのよ。あり得なくない!?」

「……父は、来れませんので」

「はあ!? バカにするのも大概にしときなさいよ!!」


 僕は大きく息を飲んだ。怒鳴り続けている女の声もそうだったが、それに応える小さな声にも聞き覚えがあったからだ。


 どういう事だよ……? どうして、あの二人が……?


 僕は急いでドアノブを捻り、思っていた以上に乱暴に玄関のドアを押し開ける。その先には、想像もしていなかった光景が広がっていた。


 玄関の先にまず広がっているアスファルト道路に散らばっていたのは、真っ白な花びらだった。僕は花に関してさほど詳しい訳ではないけれど、おそらくこれはユリの花だろう。よほど乱暴に叩き付けられたのか、元は花束だったであろうそれらはひどく無残な姿に変わり果てていた。


 そんなユリの花びら達を鋭い目つきで見下ろしていたのは、うなじほどまでしかない短い髪をまばゆいほどの金色に染め上げている一人の女性だった。服装もずいぶんと派手で、特に赤一色のレディースジャケットはかなり目を引いてしまう。僕はその女性の顔を見て、とても信じられない思いをした。


 何でと思う。いったいどうしたの、とも。何で、あなたが……。


 よほどヒートアップしてしまってるのだろう。玄関の前で戸惑っている僕に一切気付く事なく、赤いジャケットの彼女は視線の先にある真っ白な花びら――いや、その花びらの側に座り込んでいる一つの人影にさらなる怒りをぶつけ続けた。


「あの子に心から詫びたいって言うんなら、それなりの誠意ってもんを見せるべきでしょ!? さっさとあいつを連れてきなさいよ!!」

「……できません」

「はあ⁉」

「父は、来れません。だから、私が代わりに」

「あんたじゃ、話になんないって言ってんでしょ!!」


 ついに耐えかねたのか、赤いジャケットの彼女が怒りのままに右手のこぶしを振り上げながら人影に向かって足早に進んでいく。さっきの自分を棚に上げて、僕はまずいと思った。


「待って!!」


 短く叫ぶと、僕はそのまま走り出した。そして赤いジャケットの彼女の前に身体を滑り込ませ、振り上げていたその右手首をしっかりと掴み取った。


「待って! 待ってよ、美喜さん!!」

「えっ……」


 自分の記憶にない男の声に名前を呼ばれて驚いたのか、赤いジャケットの彼女――いや、遠藤美喜えんどうみきさんがぴたりと動きを止めて、僕をおそるおそる見上げてきた。

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