第30話

九時を回ると親戚の人達も帰っていき、家の中は僕達家族だけになった。


 それなりに話し声が響いていたので、何だか急にしんと静まり返ってしまったような気がして、何だか落ち着かない。そんな気持ちを紛らわそうと、必死で後片付けの手伝いをしていると。


「今日は楽しかったわねえ」


 台所からじゃあじゃあと水が流れる音と共に、そんな母の声が聞こえてきた。反射的に振り返ってみると、母はいつものように笑っていた。


「皆さん、あんなにたくさんお姉ちゃんの事を思い出してくれて嬉しかったわあ。毎日こうだったらいいのに」

「そうだなあ」


 仏壇の横に脚を折り畳んだ長机を運んでいた父がそう返しながら、姉の遺影に目を向ける。17歳のままの姉が、父をそっと見つめ返していた。


 本当にそうだったらいいのに、と僕も思った。


 毎日毎日、誰かしらがこの家にやってきて、姉の事をいろいろと話していってくれればいいのに。そうやってどんどん話し続けていけば、もしかしたら姉がひょっこり帰ってくるんじゃないかって思うんだ。






『え、何? ちょっとヤダ、何で皆して私の事なんて話してるのよぉ~!? 恥ずかしいじゃん!』






 リビングを埋め尽くすほどの人達が姉の話で盛り上がっている中、制服姿の当人がぱたぱたと廊下を駆け抜けてこっちを覗き込む。そしてあっという間に真っ赤に染まった頬を両手で隠して照れまくるんだ。そんな姉を見て、また皆が笑う。その中には洋一さんも、それから美喜さんもいて……。


 そこまで僕が、本当ならあり得るはずだったであろう妄想を繰り広げた時だった。


「……何であんたが、こんな所にいるんだよ!?」


 家の外からそんな甲高い女の怒鳴り声と、一拍遅れて響いたガターンというものすごい音が突然響き渡った。時間も時間だったし、尋常ではないその怒鳴り声と物音に、僕達家族は全員びっくりして体が硬直してしまった。


「な、何だ……?」


 最初に声を発する事ができたのは父だったが、その間にも「ふざけんな」とか「あんたどういうつもりなの!?」といった怒鳴り声は続いている。ついさっきまで自分が同じ状況だっただけに、怒鳴り声の主の女性の怒りっぷりは相当なものだと分かる。そして何より、この怒鳴り声に僕は聞き覚えがあった。


「ちょっと見てくる」


 僕は固まったままの母の側から離れて、廊下に出ようとする。それを見かねた父が「ちょっと待て、俺が」と言いかけていたけど、僕は首を横に振りながら「父さんは、母さんを頼むよ」と断った。


 廊下に出て、玄関に近付くごとに怒鳴り声はどんどん近くなる。どうやら我が家の真正面でやらかしているらしく、また何かが倒れるような大きな物音がした。


「帰んなさいよ!」


 僕が玄関のドアノブに手をかけた時、そんな声が聞こえた。

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