第29話
「今まで本当にありがとう、洋一君」
父が言った。
「あの子もきっと、天国で君の幸せを祈ってるだろう。結婚式にはぜひ呼んでくれ」
「はい、必ず。……どうぞ、お元気で」
実にあっさりと、我慢の限界が訪れた。はらわたが煮えくり返って、仕方がなかった。
洋一さんは、これからゆっくりと姉の事を忘れていくのだ。今はまだそうではないにしても、姉から卒業するとのたまった以上、これから徐々に姉を思い出す事はなくなっていく。自分とみゆきさんとの幸せだけを追求し、姉の墓参りに行く事もなくなるだろう。この家にだって、きっともう二度と来ない。結婚式が終われば最後、僕達に関わる事もなくなって……!
「ふざけんな……!」
僕は、洋一さんの後ろにいるみゆきさんに向かって怒鳴っていた。
「どけよ、そこは姉さんの居場所だ! 姉さんがいるはずだった場所なんだ!!」
「お、おいっ……!」
いち早く反応した父が僕の体を抑え付け、黙らせようとする。だが、そんな事で止まれるはずもなく、なおも僕は叫び続けた。
「何であんたがそこにいるんだ! 姉さんの事を何も知らないあんたが、何で姉さんを差し置いてそんな所にいるんだよ!? ふざけんな、ふざけんなぁ!!」
「……」
「どっか行けよ、どっか消えちまえ!! 洋一さんの隣にいていいのは、姉さんだけなんだ!!」
好き勝手に、訳の分からない事を叫びまくっている僕に、洋一さんとみゆきさんは何も言い返してこなかった。驚いたように両目を見開きはしていたものの、それ以上の反応を特に表す事なく、しばらくの間黙って僕を見つめ続け、やがて静かに玄関の外へと行ってしまった。
二人の姿が見えなくなった途端、僕の声は出なくなった。それと同時に全身の力が一気に抜けてしまい、父の腕の中からするりと抜け落ちて床にへたりこむ。そんな僕に、父が「仕方ないじゃないか」と諭すように言ってきた。
「いつか必ずこうなると、覚悟していたんじゃないのか?」
「……」
「いや、お前の気持ちも分からんでもないか。俺もすごく悔しいよ、お姉ちゃんのあんな未来を見る事ができないんだから」
つらい事を言わせてしまってすまないと、片膝を折ってきた父が僕の肩に手を置く。その温かい手のせいで僕は大声をあげて泣きだしそうになったが、台所から「ちょっと、何を騒いでるのぉ~?」とまたのんきな母の声が聞こえてきたので、下唇をぎゅうっと強く噛みしめて必死に耐えた。
そして、洋一さんに向かって「裏切り者」と心の中で何度も何度も罵り続けていた。
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