第24話
ずいぶんと久しぶりに聞く懐かしい人の声に、僕はぱっと勢いをつけて顔を上げる。ああ、やっぱりだ。きゅっとしたアーモンド形の目尻に少しだけとがった鼻、そしていつも優しげに弧を描いていた口元は、姉がいた頃からちっとも変わっていない。むしろ、僕はあの頃よりずっとずっと大きくなってしまったから、その面影をより近い目線の高さで見る事ができた。
「洋一さんっ……!」
ヤバい。久しぶりに会えた事が嬉しくて、そんなつもりじゃなかったのにぎゅうっと胸が締め付けられ、僕の両目に涙の膜が張り付いていく。そんな僕の様子にびっくりしたんだろう。スーツ姿の洋一さんは慌てて「だ、大丈夫かい!?」と声をかけてくれた。
「すまない、驚かせたみたいで……。七回忌の時は、本当にごめんよ」
「いえ、そんなっ……。それはうちの勝手な事情だったんですからっ……」
本当に懐かしいなあ。そういえば、たった一度だけになるけど、姉と洋一さんに連れられて例の公園に行ったっけ。それで三人で鬼ごっこをしていたと思うけど、その時僕は何もない所で両足をもつれさせた挙げ句、ものの見事にすっ転んで。大した擦り傷でもなかったのに血が滲んだ事に驚いて大泣きを始めてしまった僕を、高校生だった洋一さんは今と同じように心配そうに声をかけ、宥めてくれたよな。そう、あの優しかった姉と一緒に。
それなのに、今、洋一さんが一緒にいるのは姉ではなくて、知らない女の人だった。
「洋一、よかったら……」
洋一さんの背後に物静かに控えるようにして立っていた喪服姿のその女の人は、肩にかけていた小さめの黒いショルダーバッグから清潔そうな白いハンカチを取り出してきた。それをちらりと肩越しに見やるだけで意図を組んだらしい洋一さんは、一つこくんと頷きながらハンカチを受け取り、僕の目元に近付けようとした。
(……嫌だ!)
ハンカチの角が頬に触れようとした瞬間、僕は大げさなくらいに背中からのけ反ってしまい、そのせいで太もものあたりが芳名帳や筆ペンを並べてある長机にぶつかってしまった。幸いそれらが足元に散らばるような事はなかったけど、その代わりガタガタンッとやかましい音が玄関先に響き渡り、何人かの視線を集めてしまった。
「あ、ごめんっ……!」
自分でやってしまった事にさらに驚いて数秒固まっていた僕を正気に戻したのは、やっぱり洋一さんの声だった。はっとして再び近くなった目線の高さで洋一さんを見てみれば、彼は少し困ったように口の両端を上げてしまっていた。
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