第23話
十三回忌法要は僕の家で午後六時から執り行う事になっていたが、準備の為に午前中からバタバタと
一年に何回も会わない親戚のおばさん達も来て、いろいろと手伝ってくれたおかげで、午後五時半に菩提寺の僧侶が到着した頃には何とか全ての準備が整い、ちらほらとやってきた弔問客を迎える事ができた。土曜日に制服を着るという違和感を持ちながらも、僕は母に宛がわれた仕事である受付係を玄関先で行った。
「本日はお忙しい中お越しいただき、ありがとうございます。恐れ入りますが、こちらにお名前とご住所をご記入下さい」
はがきこそ出していなかったが、朝からの準備で気に留めてくれていたのか、近所に住む何人かの人達もわざわざ喪服に着替えて弔問に来てくれた。僕はその一人一人に礼を述べ、お香典を受け取り、返礼品をお渡ししていく。そうしてたら、二軒隣の家の奥さんが涙で少し目を潤ませながら言ってきた。
「もう12年経つのね、早いものだわ……。これからも家族三人で力を合わせて頑張ってね」
悪意なんて欠片もない、善意そのものの言葉だ。母とさほど年が違わず、町内会のバザーやボランティア掃除にも積極的に参加している人だったし、当時塞ぎ込んで家に引きこもりがちだった母を気遣って、いろいろと差し入れをもらっていた事も思い出す。
だけど、やはり気になってしまったのは「家族三人で」という言葉。間違えないでほしかった。僕達は今でも四人家族だ。そう訂正したかったのを何とか堪えながら、僕は「はい、ありがとうございます」と言って頭を下げた。
あの人が来たのは、読経が始まる少し前の事だった。おろしたてなのか、新品の喪服スーツを身に着けてる為にいつもの骨張った体格は隠され、中肉中背に見える。芳名帳に名前と住所を書こうとしている右手も、全然震えていなかった。
『
記入を済ませ、ゆっくりと焼香に向かうあの人の名前を初めて知った。思っていた以上に古臭いというか、おじさんというよりおじいちゃんっぽい名前だなと思ったし、これから何て呼ぼうかと悩む。少なくとも、姉はあの人を「用務員さん」とは決して呼ばなかっただろう。あの人は事あるごとに、姉によくしてもらったと言っていたのだから。
吉岡さん、吉岡のおじさん、修五郎さん、それとも……。
姉があの人の事を何て呼んでいたのか分かればなあと思った時だった。ふいに二人分の人影が僕のすぐ目の前までやってきて、そのうちの一人が「こんばんは」と少し遠慮気味に声をかけてきたのは。
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