第21話

姉の十三回忌法要の日取りは、五月の連休が始まる直前の土曜日と決めていた。


 本当ならきちんと祥月しょうつき命日に執り行うべきなんだろうけど、規模を小さくするし、何より大半の人達が楽しみにしている大型連休の予定を潰させてしまうのが申し訳ないからという父の意向だった。そういう事も可能なんだと僕が頷いていたら、さらに父はものすごい事を口にしてきた。


「これで、最後にしようと思う」

「え? 何が?」

「お姉ちゃんの法要だよ。これで弔い上げだ」


 台所で夕飯の準備をしている母に聞こえないように、声を少し抑える感じで父はそう言った。


 驚かなかったと言えば、嘘になる。後からスマホで調べたけど、法要はもっと数を重ねていって、三十三回忌で弔い上げって奴をするのが一般的だと書いてあった。そんな事、常識的な父が知らないはずがなかったし、何より母の為にもこれからはきちんと執り行ってくれるものだと思っていた。


 だから、僕が「何で?」と尋ねてみれば、父は少しつらそうな表情を浮かべた後、台所に立っている母の背中を見つめながら言った。


「母さんに、これ以上お姉ちゃんの事で思い悩んでほしくないからな。ここらで区切りをつけてやりたいと思う」

「区切り?」

「ああ。正直、今の母さんを見ているのは……息苦しい」


 申し訳なさそうに、だけどはっきりとそう言い切った父。そんな父に気付きもしないで、母は鼻歌を歌いながら、また姉の好物だったコロッケを作っている。今日はたぶん、コーンクリームコロッケだろう。


「そっか……」


 僕は、父の言葉に納得していた。ああ、だから仕事を言い訳にして、いつも帰りが遅かったり書斎に引きこもったりしていたのかと。母も母なら、父はこの12年間でずいぶんとズルい大人になってしまっていた。


「お前も、もう気に病まなくていいからな」


 そして何より、心強い味方が欲しいといったところだろう。父がそんな甘い言葉を口にしてきた。


「え?」

「お姉ちゃんを忘れろとは言わないが、できるなら、すぐに思い返すような事はしないでほしい」


 分かってる。父は姉と同じで、優しい人だ。だからあの日、姉がいなくなった瞬間を目の当たりにしてしまった僕の心情をこれまでずっと慮ってくれてたし、これからもそれが変わる事はないだろう。ただ、僕が母と同じか似たような状態になってしまう事を何よりも恐れている臆病な人でもあるだけだ。


「ごめん、それは難しいと思う」


 台所から、コーンクリームコロッケの揚げ上がったいい匂いが漂ってくる。それにすんっと鼻を鳴らした後で、僕は言った。


「まだ、姉さんがいなくなった理由を知れてないから」

「……」

「ごめん、だから無理」

「そうか」


 父が、僕から目を逸らす。本当に優しくて、臆病で、そして何より勇気のない人だ。


 結局、姉のいた「17歳の世界」に身を置けるのは僕だけなんだなと思う。僕だけが、姉の軌跡を追いかけている。孤立無援で息苦しいのは、こっちの方だ。

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