第20話

「うちのクラスの女子、誰が一番いい女だと思う?」

「……は?」


 僕の口から、もう一度そんな短い音が出る。ついさっきまで薄っぺらい内容の自慢話をしていなかったか? いったい、何をどう派生すれば、いきなりそんな話題に変換できるっていうんだ。


 はっきり言って、下らなすぎる。幸いなのが、今が休み時間で、クラスの女子達もいくつかのグループに分かれていろんな話題に夢中になっているから、島崎の下らない言葉が届いてないって事だ。


 そんな話題に乗っかってやる義理もないので、少し低い声で「何で?」と返してやる。しかし、島崎は僕の意図を全く組み取る事なく、自分勝手に話を進めた。


「今、皆で話してたら、意外にも俺と被ってる奴がいなくて助かってるところでな。後はお前に確認するだけなんだよ」

「確認してどうするんだよ」

「ライバルはいないに越した事はねえだろ?」


 そう言うと、島崎は僕から顔を逸らし、教室の入り口ドアのあたりにちらりと視線を向ける。それがいけなかった。つい僕も、つられてそっちを見やってしまった。


 入り口のドアの所で、女子グループの一つが立ち話をしていた。どうやらあまり他の人には知られたくない内容なのか、ぼそぼそと小声で話しているようで何も聞こえてこない。そんな彼女達の中に、木下唯がいた。


 木下はひどく真剣な表情で、正面に立っている女子の話を聞いていた。うんうんと相槌を打っていたかと思えば、その次はびくっと肩を震わせて、小さく両手を振っている。そんな彼女をちらちらと見ながら、島崎が言った。


「お前、木下狙うんじゃねえぞ」

「は?」


 三回目になるそれを口にしてみせれば、島崎がじろりと僕をにらみつける。そして念押しするように「分かったよな?」と言い捨てると、さっさと僕から離れていった。


 それに一拍、間を置いたタイミングで休み時間終了のチャイムが教室のスピーカーから流れる。クラスの皆が従うようにそれぞれの席に戻って行く中、僕の視界の端に木下が映った。


 木下もその事に気付いたようだったが、視線が合わせったのは一瞬にも満たない間の事だった。僕は現代文の教科書とノートを机の中から引っ張り出す為にすぐ顔を下に向けてしまったし、木下の席は僕のものと真逆の遠い位置にある。


 だからその時、木下がどんな表情で、どんな思いで僕の方を見ていたかなんて知らなかったし、そもそも全く興味がなかった。


 ああ、しまった。島崎に「そういう訳だから、安心しろよ」とでも言ってやればよかったと気付いたのは、この日の放課後になってからの事だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る