第19話

文武両道、才色兼備、栄華発外えいかはつがい十全十美じゅうぜんじゅうび。姉はこういった四文字熟語を地で行くような人であり、少なくとも僕はこれら以外で姉を指し示せるような言葉を見つけた事はない。


 そんな姉の「17歳の世界」はきっと色彩溢れた美しいものだったに違いない。きらきらした光の粉をまぶしたかのような華やかさはもちろん、自分だけじゃなくて周りの人達も心地よくなるような優しさだってあっただろう。12年前、この2年A組の教室にはそれらが当たり前のように存在していたはずなのに、僕はまだ見つける事ができない。いつまでたっても灰色のままだ。


「……だからな、俺はそん時言ってやったんだよ。それとこれとは話がちげえってさ」


 今、この教室の中心で必要以上の大声で騒いでいるのは島崎だ。相変わらず意味のないムダ話が好きなようで、自分の席の机の上に下品な格好で腰を下ろし、大げさなくらいの身振り手振りで何かしらの自慢話をしている。それを何人かの男子達が、へえ、ふうんと、興味ありげな息を漏らしながら聞いていた。


 何がそんなにおもしろいんだ、と心の中で毒づく。そして、心の底から僕の姉を見習えと思うんだ。


 姉だったら、島崎みたいに薄っぺらい内容の話など絶対にしない。例え、前の日に観たバラエティ番組の中の取るに足らない内容が話題であったとしても、姉ならもっと分かりやすくて、さらにおもしろさを深く掘り込んだ痛快な話に変換して聞かせてくれるだろう。そして最後に、必ずこう言うんだ。


『私、本当にこれが好きなんだ』


 自分が好きだと感じた何かしらを幸せそうに話してくれるからこそ、姉はクラスの人気者になれたのだろう。きっと皆、そんなふうに話す姉を見るのが好きだったはずだ。洋一さんも、美喜さんもきっと……。


 そんなふうに姉のいた「17歳の世界」に思いを馳せていた時だった。ふいに島崎が僕の方に顔を向けてきたかと思うと、乱暴に机の上から降りながら「なあ、美化委員」と声をかけてきた。


 僕は島崎が好きではないが、向こうも向こうで僕の事がどうも気に入らないらしく、名前で呼ばれた事なんて一度もない。だから、こいつがそうやって呼んでくる時は、大抵ろくでもない話がある時なんだ。


 それでも呼ばれたからには無視するのも面倒だ。何だよ、とちらりと視線を合わせて返事をすれば、島崎はにやにやと笑いながら「お前はどう思う?」なんて脈絡もなくそう尋ねてきた。これで「は?」と反射的に返さない奴がいるなら、ぜひ見てみたいものだ。


 島崎はまだにやにやとしながら、僕の顔を見ている。僕が何か反応しない限り、次の言葉を放つ気は毛頭ないらしい。島崎の丸っぽい鼻がぴくぴく動くのをこれ以上間近で見ていたくなかったので、仕方なく僕は「何が?」と促してやった。すると。

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