第18話

その他大勢の同級生達が返信をくれないだけだったら、まだいい。まだ許せた。でも、美喜さんから何も返事がない事だけは、どうにも我慢できなかった。


 美喜さんの声を最後に聞いたのは、姉の七回忌法要を執り行わないと決めた翌日の事。県外の専門学校を卒業して、そのまま就職したと噂で聞いていた24歳の美喜さんが、うちの固定電話を朝っぱらから鳴らしまくったんだ。


『どうしてですか!? どうしてあの子の七回忌してあげないんですか!? 私、あの子と約束したんです。どれだけ年を取っても、どんなに違う人生を歩んでいようと、いつだって会いに行けて、どんな話もできるくらいの親友でいようって……! それはあの子がいなくなって、どれほど年月が過ぎようと変わる事はないのに、どうして私からその機会を奪うんですか……』


 自分の仕事の都合で、取りかかる事さえ困難なんだ。娘をないがしろにしたと妻にも叱られたが、今回ばかりは許してほしいと、父が受話器に向かって何度も頭を下げていたが、美喜さんはなかなか納得してくれなかった。その怒号が受話器から漏れ出て、少し離れていた僕にも聞こえてきたくらいだったから、あの時の彼女のやるせなさはきっと半端なものじゃなかっただろう。


 こういった事があったからこそ、僕はよけいに我慢できなかったし、腹立たしかった。


 そりゃあ、今回の十三回忌法要まで人様を呼ぶような事もなく、ずっと家族だけで静かに姉を偲んでいたんだから、美喜さんから見れば、僕達はとんでもなく薄情に映っていたかもしれない。それくらい、姉は誰からも好かれ、慕われ、頼られ、愛されている存在だった。


 そんな姉を、皆で思い出してあげられる場を整えなかった僕達家族に憤っているっていうのなら、それは当然だ。でも、だからといって、今度の十三回忌法要への出欠を知らせないなんて、あんまりにも子供じみてやしないか……。


 ダメ元で美喜さんの実家に電話をかけてみたが、出てくれたのはずいぶんとしゃがれた声をした美喜さんの父親だった。


 聞くところによれば、去年、美喜さんの母親が亡くなったそうだが、その時彼女は葬儀や火葬の手配を早々に済ませ、納骨を待たずにまた出て行ったきり、一度も帰ってきていないらしい。時折電話はくれるし、多いくらいの仕送りもしてくれるそうだが、どうあっても顔を見せる気はないらしい。


『なので、せっかく声をかけていただいてるのに申し訳ありませんが、美喜は来ないものだと思って下さい……』


 すみません、本当にすみませんと何度も謝ってくる父親を何とか宥めて、電話を切った瞬間、僕の口からとんでもなく大きなため息が漏れ出る。


 きっと洋一さんが連れてきてくれると思っていたのに、結局美喜さんも、あのクラスメイトの男性と同じようなものなんだろうか。


 もし、姉が今のこの状況を知ったら、どう思うだろう。少なくとも、かなりしょんぼりしてしまうに違いない。


『美喜はね、お姉ちゃんのとっても大事な親友なんだから』


 脳裏に、そう自慢げに言って笑っていた姉の姿が浮かんでくる。その親友は今、姉さんから目を背けてるよ。あんな偉そうな事を言っといて、今度は自分が何もしないでいるよ。


 僕は姉の親友を心の中でけなしながら、今日も「17歳の世界」という灰色へと向かっていった。

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