第二章

第17話

父が、姉の十三回忌法要の日取りを知らせるはがきを方々に出してから、一週間ほどが過ぎた。


 通常の三回忌や七回忌よりも規模を小さくして行う為、出す相手の数もそれなりに限られたものだったが、出席の返信を出してくれたのは半分もいなかった。しかもそのほとんどはあまり付き合いのない遠い親類縁者ばかりで、姉の同級生達に至っては、洋一さん以外、誰も返信すらしてくれなかった。


 一度、法要で必要な物を揃える為に、母と一緒に隣町まで買い物に出た事があったが、そこで偶然、姉と同じクラスだった男性と出くわした。名前は忘れてしまったけど、姉の葬儀の際、とても悲しそうな顔で見送ってくれていた事を薄ぼんやりと覚えていた僕は、奥さんと思しき女性と連れ立っていた彼に「お久しぶりです」とあいさつしたんだけど。


「あ、あぁ……どうも、こんにちは」


 僕や母の事を覚えてくれていたのは嬉しかったけど、彼は急に落ち着きをなくして、きょろきょろと視線を泳がし始める。そして「どなた?」と首をかしげている奥さんに向かって「うん、ちょっと……」と言葉を濁したので、僕は何となく嫌な気持ちになった。


「ちょうどよかったわ。あなたにもおはがき出そうと思ってたのよ」


 そんな彼に気付いていなかったようで、母はごく自然に、当たり前のように切り出した。


「来月、あの子の十三回忌法要をするの。よかったら、あなたにもぜひ来ていただきたいわ。クラスメイトが来てくれたら、きっとあの子も喜んで」

「すみませんが、行けません」


 母の言葉を遮り、彼はぴしゃりと言った。母の顔が一瞬で強張る。


「俺、去年結婚しまして。それに今、妻のおなかには子供がいるんですよ。なので、その」

「え? だから、なあに?」


 母は強張った表情のまま、ずいっと一歩踏み出しながら問い返した。


「だからって、別に来られない理由にはならないでしょ? あなた、いつもあの子に勉強で分からないところを教えてもらって嬉しかったって言ってくれてたじゃない。どうして一緒に、あの子の事を思い出してくれないの?」

「そ、それは……申し訳ないですけど、俺には今の生活があるんです。だから、彼女の事を押し付けてこないで下さい!」


 それじゃあ、と切り捨てるかのように言い放つと、彼は奥さんの肩を強引に抱き寄せ、逃げるように歩き出す。僕も母も固まってしまい、彼を追いかける事ができなかったが、少しずつ遠ざかっていく彼の奥さんの言葉は妙なくらい鮮明に僕の耳へと届いた。


「あなた。今話してたのって、高校時代に自殺したっていうクラスメイトの女の子の事?」


 僕は慌てて、母を見やる。幸いと言うべきか、母は彼に拒絶されたショックが大きくて固まったまま、呆然としていた。


 もし、彼の奥さんが妊娠していなかったら、きっと僕は二人の前に勢いよく回り込んで、思いっきり怒鳴り声をあげていた事だろう。


 姉さんは、決して自殺なんかじゃない。あいつに、殺されたんだと。

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