第14話

リリリリリリ。リリリリリリ。


 リビングの片隅にぽつんと置かれている、小さな木製のチェスト。しばらくほったらかしにしていたせいで、その上にある固定電話には少し埃が被ってしまっている。まるで迷子になった子供が泣くように甲高く鳴り続ける固定電話に急いで駆けつけると、僕は小さな電子パネルに表示されていた相手先の電話番号を確認しないまま、受話器を取った。


「はい、もしも……」

『ご無沙汰しています、瀬川せがわです』


 こっちが名乗る前に、食い気味にそう名乗ってきた相手の声は、受話器が変換してきた機械越しのものでも懐かしさを感じた。それくらい、その声は昔と何一つ変わっていない。姉の三回忌以来だというのに、まるで昨日も話したじゃないかと錯覚するくらいであり、だからこそ何の躊躇もなく彼の名前を呼ぶ事ができた。


「洋一さん?」

『え?』

「お久しぶりです。僕ですよ、弟の……」

『えっ!? 嘘だろ、本当に?』

「本当です」

『えぇ……いや、まいったな。お父さんだと思って、ちょっと焦っちゃったよ』


 ははは……と、恥ずかしそうに電話の向こうで笑う人――洋一さんは、5歳の子供だった僕が父以外で初めて尊敬した男の人だった。


 すらりと背が高くて、かっこよく、姉と同じくらい頭がいいので、いろんな事をたくさん教えてもらった。一度だけ肩車をしてもらった事もあったが、まだまだ自分の体格では見る事のできない目線の高さに感動したと同時に、洋一さんの何もかもに憧れた。だから、そんな洋一さんが姉の大事な人なんだと知った時は、まるで自分の事のように嬉しく思ったものだった。


 そうやって、姉と同じ世界にいたはずの洋一さんも、今年で29歳になる。本当だったら、きっと今頃……。


『ごめんな、突然電話して。番号変わってなくてよかった』


 少し間を置いてから、そう言ってきた洋一さんに、僕は見えもしないのに懸命に首を横に振った。


「大丈夫ですよ。そりゃあ、全然使ってないですけどね」

『うん。あの、ところでさ……』

「はい」

『もう、そろそろだろ。その、あいつの十三回忌……』


 今度は少し遠慮気味にそう尋ねてくる洋一さん。その言葉を聞いた途端、僕の中のいらだちは完全に霧散し、代わりに洋一さんと初めて会った頃のような気持ちが湧き立ってきた。僕は必要以上の大きな声で「はい!」と答えた。


「七回忌はこっちの都合で来ていただけなかったですけど、十三回忌はきちんとやります。父がお知らせのはがきを出すような事を言ってました」

『そうか、それはありがたいな。俺な、今、実家を出て会社の独身寮に入ってるんだ。そこの住所教えるから、そっちにはがきをくれるようにお父さんに言っておいてくれるかな?』

「分かりました、言っておきます」

『それから、な……』

『はい?』

『ちょっと、連れてきたい奴がいるんだけど、いいかな?』

「いいですよ」


 さらに遠慮するような感じでそう言ってきた洋一さん。僕は何の躊躇もなく、返事をした。


 洋一さんが連れてきたい人なんて、美喜さんしかいないと思い込んでいたから。

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