第13話

遺影とはまた別に用意された姉のその写真は、最後の家族旅行の時に撮ったものが使われていた。大きな自然公園に立ち寄って、深緑溢れるブナの木のトンネルを皆で進んでいた時、ふいに姉が言ったのだ。「ねえ、ここで私の写真撮って」と。


 たまたま周囲に他の人がいなくて、三脚も持ってきてなかったから、家族の誰かは写れない。それで父が、僕や母も入れた三人の写真を撮ってあげようかと提案してくれたけど、何故かこの時の姉は頑なに拒んだ。どうしても、自分一人だけの写真がいいと。


 そうして出来上がった姉の写真は、とても美しく仕上がっていた。ブナの木々の合間から差し込んでいた心地よい陽光が、深緑と姉の満面の笑みをより際立たせ、印象深いものとしている。まるで今にも写真から抜け出てきて、明るく朗らかに「ただいま」と言ってくれそうなので、火が点いたばかりの線香とそこからゆっくりと立ち上り始めた煙が分相応な感じに見えた。


 そんな分相応な物を線香立てに差して、りんを鳴らし、手を合わせる。そして、今日のいらだちの原因を思い返しながら、姉に報告した。


 姉さん。今日、あの用務員の人に、僕と姉さんが似ているって言われたよ。それから、クラスメイトに木下って子がいるんだけど、その子も姉さんに似ているって言われた。


 なあ、違うよな。悔しいけど、僕と姉さんは似てない。姉さんがいなくなってから、何度似ていたらよかったのにって思ったか知れないくらい、僕達は似てないよ。それだけだったら、まだ我慢できたんだ。それなのに、姉さんの事を何一つ知らない木下まで、姉さんに似てるって言われて、もう我慢できなくなった。腹が立って、しょうがなかったよ。


 これ以上、姉さんと誰かを比べられるのはたくさんだ。例え、その対象が僕であっても。姉さんは他の誰でもなく、この世でたった一人しかいない。僕の知る限り、どんな人よりもきれいで、優しくて、完璧な人。そんな姉さんが他人の妙な基準に当てはめられて、歪められてしまうのは、もう――。


 そう思った時だった。


 リリリリリリ。リリリリリリ。


 久しく鳴っていなかった家の固定電話の呼び出し音が仏間まで響いてきて、僕は慌てて閉じていた両目を開ける。留守番電話機能なんか付いていない古い機種だから、急いで出なくては。僕は学生カバンを仏間に置きっぱなしにしたまま、固定電話を設置しているリビングへと足早に向かった。

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