第12話

帰りのホームルームが終わり、駐輪場へと向かう為に校舎の昇降口を足早に通り抜けていっても、僕のいらだちはちっとも治まる事はなかった。


 あれから、木下がどうしたのかは知らない。彼女のいる方を極力見ないようにしていたが、2年A組の教室を出る際、僕が叩き付けてしまったゴミ箱が元の位置に置かれていたから、きっと何事もなかったかのように焼却炉の前から戻ってきたんだろう。そういえば手ぶらで戻ってきた僕を見て、島崎がまた何か言ってきていたような気もするけど、そういうところは木下を見習ってほしい。イライラが増すだけだから、どうかほっといてくれ。


 いつもより力を入れて、自転車のペダルを踏む。途中からは腰を上げて、全く必要のない立ちこぎまでした。すると自転車はおもしろいくらいにぐんぐんとスピードを増していき、あの交差点もあっという間に通り過ぎていった。


 普段だったら、帰りもあの交差点の信号で立ち止まり、姉に「ただいま、もうすぐ家に帰るよ」の一言くらい心で唱えるんだけど、今日のこのいらだちを治めるにはここではダメだ。もっと、もっと身近に姉を感じられるものでないと。


 そう思いながら、自転車をこぎ続けた僕は、いつもよりずっと早い時間に家へと辿り着いた。思わずスマホの時刻表示を見る。父はもちろんだったが、母もまだパートから戻っている時間ではなかった。


 僕用にと渡された合鍵を使って、玄関の鍵を開け、家の中へと入る。今の今まで誰もいなかった家の中の静かな空気は、僕が玄関をくぐって廊下を進むたびに壊れて、砕けて、散っていった。


 家族皆で過ごせるリビングの左隣にある仏間を目指す。引き戸を右にずらして中に入ると、まだ一度も張り替えた事のない畳からイグサの匂いが漂ってきて、ほんの少しだけいらだちが鎮まる。独特な匂いに不快感を持つ人も多いそうだけど、リラックス効果をもたらすというのもあながち間違いではないらしい。ほうっと息を一つ吐いて、僕は仏間の東側に面して置いてある仏壇に向かった。


 田舎に住んでいる母方の祖父母はまだ健在なので、この仏壇に飾られている位牌は姉の分しかいない。父と母、どちらがしているかは分からないが、日々の手入れを欠かしていないようで、姉の位牌はまるで新品同様に磨かれている。ダラダラと長い戒名が綴られた位牌とその横にある姉の写真に軽く会釈してから、僕は仏壇の横に置きっぱなしになっている線香とマッチに手を伸ばし、その数本に火を点けた。

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