第11話

北校舎の昇降口を抜けて、古いタイル貼りの道の目地めじを避けるように進む。これも、姉がいなくなった頃から癖付いてしまったものの一つで、どうしても目地を踏む事を両足が拒絶する。両腕でしっかり抱えてなければならないくらいの大きさのゴミ箱のせいで、うまく視界が開けていなくてもだ。


 そうやってタイルの道を一つ一つ飛び越えるように北校舎の脇を進んでいき、ぐるりと角を曲がる。そうすると、10メートルほど先に古ぼけた大きな焼却炉があった。


 扱いが難しい上に危険だからと、使用時間があらかじめ定められている焼却炉に、今はまだ火が入っていない。その代わり、焼却炉の戸口は開きっぱなしで教室のゴミを自由に入れられるようになっていた。


 他の教室からもゴミ箱の中身を捨てに来た何人かの生徒達とすれ違う。僕より先にゴミを入れたその生徒達が、焼却炉の横に立っている人影に「お願いします」と一言声をかけていくのが見えた。


「はい、お疲れ様。ススで汚れるから、あまりゴミ箱と手を奥に突っ込まないようにね」

「ああ、ペットボトルはダメなんだよ。こっちの袋に入れ替えてくれるかい?」

「うん、ありがとうね」


 僕は、自分の事をバカだなあと自嘲した。あの人は用務員なんだから、掃除の時間は大抵ここにいるって想像できるのは簡単だったのに。


 きっとあの人は、朝のようにまた僕に気付くだろう。そして何かしら姉に関する事を言ってくるに違いない。どうしよう、そろそろ姉の事について何か聞き出すべきだろうか。僕がそう思った時だった。


「あ、あのっ……!」


 僕の肩を後ろから掴んできた声の主は、木下だった。走って追いかけてきたのか、ゼイゼイと息が切れる音まで聞こえる。何だと思って振り返ってみたら、彼女は少し間を空けてから「ご、ごめんなさいっ……」と謝ってきた。


「島崎君にゴミ捨てを頼んだのは、私なの。それなのに」

「……ふうん」

「ふうん、って」

「僕は別に困ってない。サボってる奴に注意するのは、学級委員の務めだろ」

「で、でもっ」

「別にいいから」


 何をそんなに慌ててるんだろう。木下はやたら必死になって僕に謝り続けようとしている。さっきの休み時間の時といい、何で突然僕に構ってくるのか全然理解できないでいたら。


「やあ、こんにちは」


 僕と木下の会話はあの人にも筒抜けだったらしく、先にあいさつをされてしまった。彼は、僕と木下を交互に見つめながら、にこにこと笑っていた。


「二人で一緒にゴミ捨てかい、お疲れ様」

「え、いや……。そんなんじゃなくて」

「お姉ちゃんによく似た子だね。優しそうなところなんかそっくりだ」


 は……? その言葉に、僕はカチンときた。島崎に横柄な物言いをされたって、そんなふうにならなかったのに。まさか、言うに事欠いて、木下が姉と……?


「そんな訳ないだろ!!」


 僕はゴミ箱を足元に思いきり叩き付けながら、怒鳴った。僕をこんなに怒らせる事を言ったあの人も、そして木下も、大きく目を見開く。


「姉さんは、もっと素敵な人だった! 誰よりもきれいで、優しくて……何で木下と同じなんだ!?」

「い、いや……私が言いたいのはそうじゃなくて」

「だったら、余計な事を言うなよ!!」


 どうも僕の人を見る目はよくないようだ。こんな無神経な事を言う人から、姉の事を聞き出そうとちょっとでも考えた自分を殴りたい。あの人をもう一瞬でも視界に入れたくなくなった僕は、木下やあたりに中身をぶちまけてしまったゴミ箱も置いて、焼却炉の前から走り出した。

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