第10話
姉は、とてもきれい好きで整理整頓が上手な人だった。先述した通り、姉と僕の部屋は別々だったが、僕は何かしら理由をつけては姉の部屋に度々お邪魔していた。それなのに、いつだって姉の部屋はきれいに片付いていて、散らかっていた事など一度もなかった。
『あれ、また遊びに来たの?』
『うん。だってお姉ちゃんの部屋、いつもきれいで気持ちいいんだもん』
『おもちゃのお片付けとか、お菓子袋とかのゴミの掃除をきちんとしてないからでしょ? またお母さんに怒られちゃうよ?』
『じゃあ、後で手伝って?』
『もう、仕方ないなあ。だったら、お姉ちゃんがいつも使ってるお片付けの魔法教えてあげちゃう』
『本当? やったぁ!』
一人きりで落ち着ける自分の部屋へ、例え弟といえども、ほぼ毎日のように上がり込んでくる僕に、それこそ姉は一度だって嫌な顔をしてみせた事はなかった。テスト勉強で忙しくしていた時も「お姉ちゃんも、いい気分転換になるからね」と優しく言って、いつも一緒に遊んでくれた。
姉がいなくなってから、僕は身の周りの整理整頓を神経質なくらいに心がけるようになった。姉が「お片付けの魔法」と称して教えてくれた掃除のやり方は、今ではすっかり体に染みついてしまっていて、もう一種の癖のようになっている。
そうなると、僕も今の母と同じなんだろうかと、ふと考え込む事がある。母と同じく、どこか壊れてしまってるんだろうかと。
そんな時は、三回忌の時に会った洋一さんの言葉を思い出すようにしていた。
『君は、本当に偉いなあ。きっとお姉ちゃんは、君の事が自慢だったと思うよ。いつも俺に話して聞かせてくれてたから』
そうだ、僕は姉の自慢の弟なんだ。だから、姉が僕の姿を見て心配したり、ましてやガッカリする事がないよう、いつだってしっかりした人間でいなくては。そして何より、姉がこの世界にいたという証をいつまでも残す為に、僕はこれからも探し続けなくちゃいけないんだ。母と一緒にしてもらいたくなどない。
「おい、美化委員。ゴミ捨て行ってこいよ」
そんな事を思いながら、掃除の時間を2年A組の教室の窓拭きに専念していた僕の背中に向かって、とても図々しい声がぶつかってきた。つい反射的に振り返ってみれば、そこにはにやにやと嫌らしく笑う同じクラスの……確か、名前は
不真面目な島崎は、さっきからずっと教壇の方にいた。そこで何人かの男子達とうるさいくらいの音量でムダ話をしていたようだが、きっとそれをたしなめた誰かにゴミ捨てに行くよう言われたんだろう。そんな事すらも面倒で、ちょうど美化委員の僕が目の前にいたから押し付けてきたってところだろうが、僕は反論する事なく、「分かった」と島崎が持っていたゴミ箱を受け取った。
「助かったよ、お前らのうるさい声に頭が痛くなってたから」
「ああ!? 何だと!?」
「だから、うるさいって」
姉がいた世界を
最後の言葉を何とか飲み込んだ僕は、まだ何か喚こうとしている島崎に窓拭き用の雑巾を押し付けると、そのまま彼の横をすり抜けて2年A組の教室を出た。
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