第8話

僕が在籍している2年A組が、かつて姉もいた場所だったと知った時は、本当に嬉しかった。


 洋一さんや美喜さんの話だと、姉はクラスの中でも一、二を争うほどの人気者で、いつも皆の輪の中心にいる人だったという。成績はいつもトップでスポーツも万能。なのに、それを鼻にかける事は一切なかった上に面倒見のいい性格の良さがあったから、姉を嫌う者なんて誰一人としていなかった。


 だから、突然姉がいなくなってしまった時は、クラスの誰もが悲しんでくれたそうだ。洋一さんや美喜さんの印象が強かっただけで、姉の葬儀にはクラスメイト全員が悲痛な面持ちで列に並び、それぞれが姉に最後の別れを告げていたのもぼんやり覚えている。


「あの子には、本当にお世話になりました」

「これまで、いろいろありがとう」

「絶対に、忘れないからね……!」


 僕達家族や姉の眠る棺桶にそう言ってくれていた彼らも、今年で29歳になる。姉がいなくなった最初の一年は代わる代わる家に訪れては、僕達家族を気遣うような言葉をたくさんかけてくれたんだけど、やがて卒業式を迎え、それぞれの進路に向けて道を違えてしまったとたん、洋一さんと美喜さん以外は誰も来なくなってしまった。僕はその事に、ひどく落胆したものだった。


 彼らの口から、もっと姉の話を聞きたかった。家以外で、僕の知らない場所で過ごしていた姉はどんなふうだったのか。どんなふうに笑って、どんなふうに皆の心を掴み、そしてどんな思いで彼らと同じ場所にいたのか。洋一さんと美喜さんからはもう聞き尽くしてしまっていたから、もっともっと知りたくて仕方なかったのに。


 だから、姉と同じ高校に入学して、2年に進級した際、姉がいた教室のドアを初めてくぐり抜けた緊張といったらなかった。さすがにどの席に座っていたかまでは分からないが、姉は確かにこの教室に一ヵ月ほどいたんだ。本当に短い間だったけど、皆と一緒に学んで、笑って、弁当やこっそり持ってきたお菓子なんかも食べたりして……。


 きっと、姉がいた「17歳の世界」は色彩溢れた美しいものだったに違いない。今でこそ疎遠になっているが、あれだけたくさんの人が姉を悼んでくれたのが何よりの証拠だ。


 少なくとも、今、僕がいる「17歳の世界」とは全くの別物であるだろう。僕には、そんな色鮮やかなものなんて一瞬たりとも見えない。家の中と同じで、灰色一色なんだから。


 僕は誰にもあいさつする事なく2年A組の教室に入ると、ここで一番気に入っている自分の席にさっさと着いた。


 窓際の、一番最後の席。ここなら、教室全体をくまなく見渡せる事ができる。いつ、どんな時でも姉の面影を探す事ができる非常に便利な場所だ。この日も僕は、誰ともろくに会話せず、一日をそうやって過ごせるはずだった。

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