第7話
進学校と言っても、しょせんこの地元の中ではといった程度のものであり、さほど格式の高い立派な見た目をしている訳でもなければ、日本人なら誰でも知ってるような有名人を輩出した訳でもない。そりゃあ、姉がいなくなってしまった時は全国のニュース番組がその事を報道してしまったから、ある程度は注目されてしまったかもしれないが、12年も経ってしまえば、当時の事を知る人なんてこの学校にほとんどいなくなってしまった。
だから、僕が姉の弟だと知っているのも、あの人以外では他にいない。僕は、毎朝校門の所で竹ぼうきを抱えて掃除をしているあの人が、あまり得意ではなかった。
「やあ、おはよう」
毎朝、何十何百人という生徒がこの校門をくぐり抜けていくというのに、あの人――嘱託の用務員を務めている70代のおじさんは、必ずと言っていいくらいの確率で僕の顔を見分けるし、わざわざ近付いてあいさつをしてくる。いつもにこにことしているけれど、薄くて白髪の混じった髪に少し骨張るまで痩せてしまっている体格、そしてぷるぷると震える両手で竹ぼうきを握っている姿は、いつかころりと倒れてしまいそうな気になって、僕はあいさつされる度に必要以上にはらはらしていた。
「おはようございます」
初めてあいさつされた時は、本当にびっくりしたもんだ。何で僕? 他にも生徒はいっぱいいるのに、何でピンポイントで僕にあいさつしてきたんだろうと戸惑っていたら、あの人がこう言ってきたから納得した。
「お姉ちゃんに似てきたねえ。三回忌の時は、呼んでくれてありがとう」
ああ、そういえばいたなと思い出す。姉がいなくなったのを悼んでくれたのは洋一さんや美喜さんのように同級生の人が多かったから、こんな年長者が来てくれるなんてと、8歳になったばかりの僕は不思議に思ったものだった。
「十三回忌も、できれば出席させてもらえるかい? あの子には本当によくしてもらったからさ」
「はあ……」
そんな適当な返事をして、もうどれだけの日々が過ぎた頃だろう。あの人は、その約束を僕に忘れさせまいとばかりに、毎朝こうやってあいさつを交わしてくるが、どうしても苦手意識が拭えない。姉と僕が似ているだなんて、何でそんなひどい嘘が言えるんだと、僕は名前さえ知らないこの人に憤りを感じていた時期もある。
それでも無視をする事ができなかったのは、やはりあの人が姉を知っていたからだ。姉がいた「17歳の世界」の数少ない登場人物であり、これから僕を導く案内人になるかもしれないという思いがあればこそだった。
「今日もお仕事頑張って下さい」
そんな当たり障りのない言葉も添えてから、僕はあの人の側から離れて校門をくぐっていく。そうして、今日もこの灰色の世界の片隅で姉の面影を探す時間を始めるのだ。
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