第4話

「お姉ちゃんの十三回忌、やるからな」


 今日の朝食は、そんな父の唐突な言葉から始まった。


 去年、うちから一時間以上通勤時間のかかる中小企業の課長に昇格した父は、さらに家にいる時間が減った。何でも重要な取引先との大がかりなプロジェクトがあともう少しで実現できそうなんだとかで、たまに早く家に帰ってくる日があっても、寝室とは別に設けた書斎に引きこもってパソコンとにらめっこなんてしている。朝だって気が付けば、もう家を出てしまっているので、こうして一緒に朝食を摂っている事自体珍しいのにと思った矢先の事だった。


「え、やるの……?」


 かじりかけていた食パンから口を離して、僕は尋ねた。


「三回忌はともかく、七回忌はやらなかったじゃん。僕達だけで食事してそれで終わりだったのに、どうして?」

「七回忌の時は、仕事がどうしても外せなかったからな」


 父の言う通りだ。四十九日法要、一周忌、三回忌はきちんとお墓参りをして、お寺でお坊さんにお経を読んでもらい、親類や姉の知人にも参列してもらったのに、七回忌の時は親類に声をかける事すらなく、僕達だけで供養を行った。その際、母が「あなたは父親なのに、どうしてお姉ちゃんをないがしろにするの!?」と父に怒っていた事も僕は思い出した。


「本当にやってくれるの、お父さん?」


 台所で洗い物をしていた母が、嬉しそうな顔をして飛び出してくる。父が「ああ」と頷いてみせれば、母はさらに嬉しそうに声を弾ませた。


「じゃあ、お姉ちゃんに新しい服を買ってきてあげなくちゃ。どんなものにしましょ。ああ、そういえば前にワンピースが欲しいとか言ってなかったかしら?」


 確かに言っていた。あの日よりずっと前、姉は「来年の誕生日はピンク色のワンピースが欲しい」と母にねだっていた。







『来年っていったら、あなた18歳になるじゃない。もっと大人っぽい服にしたら?』

『え~!? 美喜みきと色違いの双子コーデやりたいのに~! ほら、これ見てよ。かわいいでしょ?』

『あらやだ、何これ!? ここのブランド、こんなにするの!?』

『お願い、お母さん! 買ってくれたら、これから一年間、テストは全部平均点以上を取るから!! ねっ、この通り!!』






 ダイニングテーブルでまだ食パンをかじる僕の真向かいの席が、姉の定位置だった。そこで母に向かって、必死に両手を合わせておねだりをしている姉の姿がありありと思い出せる。まさかあれから数ヵ月後、姉が僕の目の前から唐突にいなくなってしまうだなんて、これっぽっちも思わなかった。

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