第一章

第3話

今年の五月の連休、その少し前に僕は17歳の誕生日を迎えた。


 今年、僕はほんのちょっとだけ浮かれていた。あんな事があって、僕の家では五月の連休を楽しむという恒例はすっかりなくなってしまっていたが、今年だけは違うんじゃないかと思っていた。何故なら、今年僕はあの日の姉と同じ17歳になったから。


 17歳になれば、何かが変わると思った。何かを知る事ができると思った。あの日の姉と同じ世界に降り立つ事ができるのだから、もしかしたら姉の中の何かを理解する事ができるのではないかと長い間、ずっと期待していたんだ。


 だが、誕生日当日の朝。午前6時30分にセットしていたスマホのアラームが鳴り響く音でぱちりと目を覚まし、あの日と同じくらいよく晴れた太陽の光が窓のカーテンの隙間をぬって僕の部屋を爽やかに射してくれているのを見たというのに、これまでと何も変わらない心持ちに我ながらがっかりした。


 姉と同じ17歳になったのに、あの日の姉の事が何も分からない事。そして、17歳という世界もこれまでと同様、すっかり色彩のないものになったという認識。僕はこの二つに「今年もよろしく……」とつぶやいた後で、ゆっくりと体を横たわらせていたベッドから起き出した。







 僕達家族が暮らしているこの一軒家は、僕が4歳の時、父が20年ローンを組んで建てたものだ。


 いつも家族一緒に、でもお互いのプライバシーも守れるようにといった父のコンセプトを元に、一階部分は一家団らんが営めるよう広めのリビングにダイニングを設け、二階にはそれぞれの寝室となる個室を用意してくれた。


 両親の寝室は共同だから十畳以上はあったが、姉と僕にはそれぞれ六畳ずつの部屋をもらった。大きくなるにつれて私物も増えていくだろうし、時には友達だって呼びたいだろうからとスペースに余裕を持たせてくれている。そんな姉と僕の部屋は隣同士になっている訳だが、姉の部屋はあの日から12年間、誰も使っていない。部屋の主がいなくなってから、ずっと時間が止まったままだ。


 その状態を保っているのは、母がこまめに掃除をしているからだ。姉は自分でやるからと毎回拒んでいたが、根っからの綺麗好きである母は事あるごとに子供達の部屋まで掃除したがった。「あら、こんな所にお菓子の空き袋を置きっぱなしで」とか「机の周りに消しゴムのカスがいっぱい落ちてるじゃない」と小言を言いながら掃除機をかける姿は、あの日まではいつもの事だった。


 だが、あの日を境に、母の掃除の仕方は変わった。一度だけ姉の部屋の掃除をしている母の様子を見かけた事があったが、その時は正直言って、背中がぞっと冷たくなった。


 僕の部屋を掃除してくれる分には特に問題なかったのに、姉の部屋に入ったとたんに「ふふふっ……」と笑い声を立て、壁にかけっぱなしにしている姉の高校の制服に頬を寄せ、うっとりとした表情を浮かべる。そしてくるりと振り向き、自分自身の手できれいに整頓した姉の部屋を見回す。そして、こう言ったのだ。


「お姉ちゃん、いつまで公園で遊んでるの? 今日で連休はおしまいで、明日からまた学校あるのよ。制服もきれいにしてあるから、早く帰っていらっしゃい」


 このルーティンを行ってから、母は姉の部屋の掃除を始める。あくまで、姉が生きていると思い込んでいる体で掃除しているんだ。


 そんな母に、最初は父も僕も「お姉ちゃんはもういない」と何度も言ってきたが、ここ数年はそれもない。母の好きなようにさせてやっている。


 でも、時折思うのだ。もし、あの日、いなくなってしまったのが姉ではなくて僕だったら、母は今と同じように悲しんで壊れてくれていたんだろうかと――。

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