第40話

あの頃、毎週月・水・金曜に詩織が一生懸命世話をしていた花壇は、今ではもう誰にも見向きすらされないのか、すっかりボロボロになっていた。いくつものレンガを縁石として使っていたけど、所々が欠けてしまっている上にほどんどが土に埋まっているので、その役割を全く果たせていない。そのせいで花壇と認識すらされていなかっただろう、踏み荒らされた複数の足跡まであった。


 詩織がていねいに水を撒いていたあの頃は、年中いろんな花が咲いて、雑草一つないきれいな花壇だったのに……。


 こんな所にも、私と詩織を隔てていた十五年の重みがずしりとのしかかってきて、何だか居たたまれなくなってくる。それを、直之の「スコップあったぞ」の声が押し留めてくれた。


「ちょっと錆び付いているが、これでも充分掘れるな。確か、花壇の一番右端だったよな?」

「え、うん……」

「じゃあ、ちょっと待ってろ」


 そう言うと、直之は脱いだ上着を無造作に放り投げ、そのまま私に背中を向けた状態で花壇の右端を掘り始めた。


 ザクッ、ザクッ……。


 誰もいない校舎の姿も、しんと静まり返っている校庭も、何もかもが夕焼けの色に染まっていく中、直之が土を掘っていく音だけがやたら響いて聞こえてくる。ずっとこっちに背中を向けている為、直之がどんな表情で、どんな気持ちで私と詩織のタイムカプセルを掘り出そうとしているのか全く分からない。ちょっと歩み寄ってしまえばそんな事はすぐ分かりそうなものなのに、何故か私の両足は地面に貼り付いたまま、動く事を忘れてしまっていた。


 そうやって、いったいどれだけの時間が過ぎただろうか。シャツの袖口をすっかり土色に汚してしまった直之が、やっとこっちを振り返った。右手には錆び付いたスコップ。そして左手には……。


「これで合ってるか?」


 防水や防腐対策にあつらえてくれたんだろう。チャックの付いたビニール製の保存袋で二重に閉じられている中、二十センチほどの長さを持ったえんじ色の缶が入っている。間違いない。あの日、詩織がタイムカプセルに使おうと用意してくれた缶だった。


 うん、と一度頷くと、直之はスコップを花壇の中へと乱暴に突き刺してから、ビニール袋ごと缶を私に差し出してきた。ビニール袋は十五年もの間、しっかりと缶を守ってくれていたみたいで、ざっと見る限りでは缶の表面に錆や腐食は見受けられない。これなら、中身の手紙もきっと無事だ。


 私はすぐに缶を受け取ると、手が汚れてしまうのも構わずに土まみれになっているビニール袋を急いで取り外す。そして、その中から出てきた缶のふたに手をかけると、詩織の分も気持ちを込めて開けた。それなのに。


「どうして……?」


 缶の中に収められていた手紙の封筒は、たった一通だけ。


 そして、その封筒には懐かしい詩織の文字で『私の知らない未来にいる塔子と、塔子の大切な人へ』と書かれてあった。


 驚きと困惑で呆然としてしまっていた私だったけど、そんな私の横に立った事で、同じく封筒が一通分しかない事に気付いた直之が「開けてみろよ」と言ってきた。


「え……」

「そして、一緒に読もう」


 そう言った直之の顔は、まるで昔のように優しかった。

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