第39話

「タイムカプセル……?」


 玄関先で深々と頭を下げてくれた甲斐崎さんに見送られて、懐かしい母校への道を進んでいく中、直之がそう問い返してくる。私はこくりと頷いてから、「うん、そう」と話を続けた。


「卒業式の二日前くらいだったかな、急に詩織が言い出したの。未来の私達宛てに手紙を書いて、それを学校の花壇の一番右端の所に埋めておこうって。具体的にいつ掘り出すかは決めてなかったんだけど、お互いがうんと幸せな時にしようねって……」

「……」

「園芸委員のあの子らしい提案だと思って、即OKしたわ。でも、未来の自分宛てだとありきたりだからって言うもんだから、私は詩織宛てに、詩織は私宛てにって具合に書いたの」

「場所は覚えているのか?」

「ちゃんとは、知らない」

「何だそれ」

「いざ埋めようって時になって、急に私だけ担任の榊先生に呼び出されたのよ。そしたら詩織が『後は私がやっておくから』とか言って、私の分の手紙も持って行っちゃった。だから、タイムカプセルに使った缶の色しか覚えてない」

「……そうか」

 

 短くそう言うと、直之は学校に着くまでずっと押し黙ったままになった。






 過疎化による生徒数の激減により、本年度限りで廃校になるのだと、校門の所で出会った用務員さんから聞かされた。


「……ですので、今やどなたでも敷地内での見学は自由なんですよ。次の卒業式が終わってしまえば、校舎も体育館も全部取り壊す予定ですので」


 寂しそうに言葉を締めくくる用務員さんに、私は胸の奥がぎゅうっと締め付けられた。


 ここがなくなってしまえば、いよいよ私は故郷と呼べるものすらも失ってしまうんだ。もし、この先直之と別れる事になったら、私はどこに自分の居場所を求めたらいいんだろう。その答えを尋ねたかったが、そうしたい相手はもうこの世のどこにもいなかった。


「行くぞ」


 用務員さんが立ち去っても、まだ校門の側から動けないでいた私に焦れたのか、直之が急かすように言ってきた。


「俺が掘ってやるから、早く連れていけ」

「え……」

「道具も何も持ってきていないが、花壇の所まで行けばスコップくらい置いてあるだろ」

「やってくれるの?」

「……俺がやった方が早く済む。もうすぐ日も暮れるしな」


 確かに直之の言う通り、空は茜色に染まり始めている。私は急いで直之の前に立ち、記憶のままに足を進めていった。

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