第34話

「だって、あんなひどい言われ方されたんだよ!? 悪気がなかったとか口を滑らせたんだとしたって、『何もできない』『役に立たない』はひどすぎでしょ!! あきらめる事なんてない……できる事があるなら何でもやって、幸せになって見返してやればいいじゃん!!」

「うん、そうだね。でもさ、実際その通りなんだし、仕方ないところもあるよ」

「だから! 何でそんなふうにおとなしく受け入れちゃう訳!?」

 

 せっかく詩織がかけてくれた布団を跳ね飛ばすように、私は勢いを付けて起き上がる。詩織は目を丸くしてそんな私を見ていたが、また小さく笑うと「大丈夫だよ」と言った。


「増田君には、ちゃんと謝ってもらったから」

「あいつがどう謝ったって、なかった事にはできないでしょ!?」

「うん、まあね。でも、もういいじゃない」

「だから、何でそんなふうに……」

「もったいないよ、せっかくの出会いをそういうふうに潰しちゃうのは」


 え……と、私の言葉が詰まる。それくらい、詩織の言葉が衝撃的だった。


 せっかくの出会いって……それって、増田君の事も含まれてるの? あんなひどい事を言われたのに? それに、それに……。


「前にさ、話した事あったでしょ? 私、二十歳まで生きられないかもしれないって言われた事があるって」


 上手く考えがまとまらずに次の言葉が継げない私に気付いたのか、詩織が少し照れくさそうに切り出した。


「そう言われた時に決めたんだよね。これからの人生、どんな人と出会ったとしても大切にしようって。その人と関わったどんな一瞬でも宝物みたいに大事に思おうって」

「だから、何で……」

「だって、本当にそんな短い間しか生きられないなら、とっても月並みだけどくよくよしてる時間がもったいないじゃない。それに、こんな広い世界の中で起こった誰かとの出会いなんて、信じられない偶然が折り重なってできた奇跡みたいなものなんだから、大切に思わなきゃ損だよ。そう思わない?」


 ねっ? とまた小首をかしげてそう言う詩織に、私はいよいよ我慢がきかなくなってきた。かつての自分への怒りと、今の私に対する恥ずかしさを抑え込む我慢が……。


「……それじゃあ、私とも……?」


 また小さい声で、私は言った。


「私との出会いも、南さんは大切に思ってくれてるの……?」

「もちろん」


 詩織は、何の迷いもなく言い切った。


「これも前に言ったじゃない。一年の時、三嶋さんに声をかけてもらえたの嬉しかったって。本当だよ?」

「……」

「おかげで、そういう気持ちがもっと強くなったっていうか。三嶋さんには本当に感謝して」

「違う」

「え?」

「私はあの時、南さんが求めてるのと同じ気持ちで声をかけたんじゃないよ。むしろ、さっきの増田君よりもひどくて最低だった」

「……」

「南さんだけズルいって思った! 私だって体育苦手でやりたくないのに、どうして南さんだけ特別扱いなんだって思って……。南さんが隅っこでこっちを見てるのがたまらなく嫌に思った時もあったし、同じクラスになったのも保健係になったのだって最初は……!」


 止まらない、自分のみっともないところを晒してしまう言葉を自分で止められない。それが本当に惨めで恥ずかしくて、気が付けば涙も鼻水も出まくってて顔はぐちゃぐちゃだ。それなのに詩織は引くどころか、とても優しい表情でずっと私を見ていた。そして、それと同じくらい優しい声色で「全く、バカ正直だなあ」と言ってくれた。


「でも、ありがとう。また嬉しくなっちゃったよ」

「南さん……」

「ねえ、それもうやめない?」


 詩織が布団の上に投げ出していた私の両手をぎゅっと握りしめる。そして、言ってくれた。


「これから、塔子って呼んでいい? 私の事も、詩織って呼んでいいから」

「……うん」


 少し時間をかけてから、私は小さく頷いた。

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