第33話

私は、詩織のこの「大丈夫」を、吸入器使ったから、もう発作は起きないよという意味で言ったのだと解釈しかけたが、次に聞いた彼女の言葉はそんな私の想像のはるか斜めを行くものだった。


「バレーの選手、田中さんが代わってくれるって。よかったね」

「え……」

「それから、増田君謝ってくれたから。三嶋さんにも悪かったって言ってくれたよ? だから、もう教室に戻ろう?」


 ねっ? と小首をかしげるようにして言うと、詩織がそっと私に右腕を差し出してくる。あの状況じゃ、私がかんしゃくを起こして教室を飛び出したんだと思われても仕方ないだろう。でも、そうじゃない。私は、あの時……。


「ううん、いい」


 私は首を横に振って、詩織の腕を拒否した。当然、詩織は顔いっぱいに疑問を浮かべて、さらに首をかしげる。


「何で? 大丈夫だよ? 皆、心配はしてても怒ってなんかいないから」

「……」

「もしかして、本当に具合が悪くなっちゃった? だったら、私もここにいるから、早くベッドで横になって?」

「……」

「ほら、早く」


 何も言わない私を心配したのか、詩織が背後に回って両肩をぐいぐいと押してくる。さほど力は入っていないはずなのに、私はされるがままになって、あっという間にベッドに横たわる事になった。


「はい、どうぞ」


 横たわった私の体に真っ白な布団をかぶせて、その上からぽんぽんと優しく手を置いてくる詩織。この体勢で詩織の顔を見るなんて初めてのはずなのに、何だかそうじゃない気もする。この視界の形や広さが、いつも詩織が見ているものだからかと気が付くまで、そう時間はかからなかった。


 詩織もその事に気が付いたんだろう。ふいにふっと小さく笑みを浮かべたかと思うと、ベッドの側にあったパイプ椅子に座ってから、ほんの少しだけ前屈みになるようにこっちへ体を寄せた。


「何だか、いつもと逆だね。ちょっと新鮮だったりして」

「……そうかもね」

「じゃあ、今だけ私が保健係ね。しかも三嶋さん専属だよ」

「何それ、笑えないんだけど」

「真剣だもん」


 そう言って、あははっと笑う詩織。全くいつもと変わらない彼女の様子に、私はさっきまでの怒りがまたふつふつと湧いてくるのを感じた。どうして、どうしてそんなに……。


「怒ればいいのに……」


 返事を期待していた訳じゃない、小さな独り言だった。でも、二人しかいない薄暗くて消毒液臭い保健室の中は私の声をひどく反響させて、詩織の耳にしっかりと届いてしまう。案の定、詩織は「え?」と不思議そうに問い返してきた。


「何で?」

「何でって……怒っていいところだったじゃん!!」


 こっちの疑問の方が、さらに膨れ上がる気分だった。心底分からないとばかりに問い返してきた詩織に、私は居たたまれない気持ちになって思わず声を荒げた。

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