第31話
「……ったく、別に三嶋が出たって何の問題もないだろうがよ」
私がみっともなくごねているとでも思ったんだろう、増田君がとてもイラついた声を出した。
「成績には一切影響のないお遊びの大会なんだし。それに何もできない南が出るよりかは、ずっとマシじゃん?」
増田君のこの言葉に、クラスの中の空気が一気に変わった。全身に細かい砂粒のような波を浴びせかけられたかのような不快感がどっと押し寄せてきて、何だか自分をうまく抑えられない。そのせいで、後ろの席にいるはずの詩織を振り返る事すらできなかった。
ただでさえそうだったのに、さらに増田君はトドメを刺してくれた。「ちょっと、さすがに今の発言は……」と榊先生が
「え~? だって本当の事っしょ、南がこういうのに全然役に立たないってのは」
生まれて初めて、頭に血が昇るという感覚を持ったその時には、私の体は足早に自分の席から離れていて、壇上の増田君の元へと向かっていた。そして、それに驚いた増田君がひと呼吸するかしないかの間に、思いっきり彼の右頬に平手打ちを食らわしていた。
「なっ……」
体育委員といっても、増田君はどこか体育会系の部に入っている訳でもない帰宅部の生徒なので、ろくに受け身も取れずにその場で無様に尻もちをついた。そして、自分の身に何が起こったのか全く理解が追いついていないと言った表情のまま、無意識に右頬を押さえながら私を見上げていた。
「みし、ま……?」
「もういっぺん、言ってみなさいよ……」
「え……」
「さっきのセリフ、もういっぺん言ってみなさいよ!!」
許せなかった。増田君だって去年一年間、保健係としてずっと詩織の面倒を見てきたはずなのに。例え、それが嫌々だったとしても、彼女の事情だってちゃんと分かっていたはずなのに、それを言うに事欠いて「何もできない」「役に立たない」だなんて……!
一発引っぱたいてやるだけじゃ到底足りなくて、私はまだ腰を落としている増田君に詰め寄ろうとした。その襟元を掴んで、今度はグーで殴ってやる! そう思ってたら、私の耳に詩織の大きな声が届いた。
「ダメだよ、三嶋さん!! 私は大丈夫だから!!」
もしかしたら、いつも保健室で聞いていたあの笑い声以外で、初めて聞いたかもしれない。私はそんな大きな声にはっと我に返り、思わずそっちを振り返ると、少し涙目になっている詩織が席から立ち上がってこっちを見つめていた。
「気にしないで、増田君だってそこまで悪気があった訳じゃないと思うから……ね?」
そう言って、にこりと笑う詩織。そうする事で私を落ち着かせようとしてくれてたのかもしれないけど、それは全くの逆効果だった。とてもつらくて、たまらなくなった私はそのまま壇上から飛び降りて、教室からも飛び出した。廊下を走り抜けてどんどん遠ざかっていく教室から、私の名前を懸命に呼ぶ詩織の声が小さく聞こえていた。
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