第29話

私達二人の関係が、ただの「保健係と、それにお世話になっている子」ではなくなったきっかけとなった事件が起こったのは、それからしばらく経った頃。一学期も半分以上が過ぎた六月半ばの水曜日、五時限目の事だった。


 うちの学校はこの時期になると、学年別で球技大会が開かれる事になっていた。とはいっても、私達の町は毎年梅雨の影響をもろに受けやすい地域であったから、六月に入ったとたん、ほぼ毎日雨か曇りの日々を迎えてしまう。だから、自ずと体育館のみで開かれる大会において起用される球技の数などたかが知れているので、男子はバスケ、女子はバレーボールといった具合に最初から決められていた。


 それ自体は別にどうでもいいとして、問題はここからだった。狭い体育館で、二競技だけしかない球技大会を滞りなく速やかに進行するには、それに参加する人数も限られてくる。つまり、クラスごとに代表選手を出す必要性があった。


 これには毎年、どの学年やクラスからも渋られた。不参加はもちろん受け付けられない上、代表に選ばれてしまった生徒は、放課後は特訓と称した練習時間に割かれて居残りを強いられるし、負けたら負けたでずいぶん居心地の悪くて気まずい思いまでする。例えどんなに運動神経が素晴らしいスポーツ大好き人間だって、こんな割に合わない貧乏くじなんか引きたくないに決まっている。


 それなのに、うちのクラスの体育委員はそこまで神経が回らなかったようだった。


「さあさあ! 俺がこの通りくじを作ってきたから、皆で平等に代表を決めようぜ! ズルや不正はするなよな!」


 いつかの榊先生と同じように、手作りの男女別くじ箱を興奮がちに掲げている壇上の増田君は鼻息はとても荒く、クラスの誰もがそのテンションについていけてなかった。でも、その事に全く気が付いていない増田君が「ほら、早く早く!」とひたすら急かしてくるので、私達は仕方なく順番通りにくじを引いていった。


「……よし、皆くじを取ったよな。男子は紙の内側に青丸があったらバスケ代表、女子は赤丸があったらバレー代表だからな~?」


 じゃあ、まずは俺から……と、増田君はうきうきと自分が最後に引いたくじの紙を開いたが、すぐに大げさな身振りで天井を仰ぐと、「おお神よ、お前はこのクラスの運命を握る俺様の出番を奪いやがるのか……!」と訳の分からないセリフを吐いた。


 その様に何人かの失笑する声がする中、私の背中の向こうでかさかさと紙が擦れる小さな物音と、すぐにほうっと安心したかのような息の音が聞こえてきた。


「……よかった、私じゃない。クラスに迷惑かけずに済んで、本当によかった」


 詩織のそんな言葉を聞いて、私はまだ壇上で中二病ごっこをしている増田君に怒りを覚えた。いくらクラス全員、平等にくじを引くとはいえ、この子は運動と呼べるものは全面禁止なんだから、万が一にでも選手に当たってたらどうするつもりだった訳!? その時の案なんて絶対に考えていなかったに違いないと思いながら、私も自分の手のひらの中にあるくじの紙を開く。


 ……真ん中に、赤丸があった。

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