第27話

そんな私に気を遣ってくれたのだろう。詩織は自分の病気の事を何日もかけてゆっくりと、そしてていねいに説明してくれた。


 まず、先天性の病気である事。生まれてすぐにチアノーゼっていう酸素不足に陥ってしまい、全身真っ青な状態で保育器に入れられ、三ヵ月以上もNICUって所に入院していたという事。


 なかなか根治が難しい病気であり、本人も言っていた通り、吸入器が全く手離せない事。一時は二十歳を迎える事はできないんじゃないかと危惧されるほどひどい状況に陥ってた事もあったらしいが、今は小さな発作がたびたび出るくらいで、定期診察を欠かさない事と激しい運動をしなければ日常生活において何の支障もないという事などを話してくれた。


「だからね、そんなに神経質なくらい心配しなくてもいいんだよ。食事制限とかもないし、そうそう高熱を出す訳でもないし。そうだなあ……ひと昔くらい前の恋愛ゲームの中に出てきたちょっとか弱い文学少女みたいな感じかなって思ってくれれば、ちょうどいいんじゃない?」


 そう言って、またあはははっと大きな声で笑う詩織だったけど、発作を起こした後に連れてこられた保健室のベッドの上でするような話じゃないでしょと、私はひどく呆れてしまった。そういう話は時と場所と状況次第では、全くと言っていいほどシャレにならないんだから。


「本当に、大丈夫なんだよね……?」


 ある日の昼休み。いつものように詩織の弁当箱を保健室まで届けに来た私は、念を押すようにそう尋ねた。詩織の好物の一つなのか、彼女の弁当箱には高確率でごはんの上に桜でんぶが乗っていて、それを半分ほど食べ終えていた詩織はきょとんとした表情でこっちを見てきた。


「何が?」

「何がって……」


 いやいや、ずいぶんと深刻で大事な話を聞かせてくれたのは保健係として信用してもらえてるんだという安堵感こそあるものの、やっぱり焦りに近いものだって一緒に付いてくる。それを分かっているのかいないのかは分からないが、私は弁当の中身を食べるのを一旦やめて、しっかりと詩織に向き直った。


「だってこの間、二十歳を迎える事はできないかもしれないって言われた時期があったって……」

「それはもう過去形だったら。今はそんな事はないって、担当の先生のお墨付きだよ? そりゃあ、激しい運動はできないけど、そこだけはどうか安心してよ」

「でも……」

「ねえ、三嶋さん。去年の事、覚えてる?」

「え?」


 いきなり話題を変えられて、私は戸惑った。去年の事とふいに言われても、すぐにどれの事なんだと思い出すなんてできなかった。詩織はあんなにも鮮明に、大事な思い出として覚えてくれていたのに、全く気を悪くする事なく教えてくれた。

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