第26話
それから、私と詩織は急速的に、そして必然的に一緒にいる時間が増えた。
教室にいる時はもちろんの事、美術、音楽、技術の移動がある時も連れ立って一緒に向かうか、最低でも目の届く範囲にいたし、体育に至っては見学している詩織の様子をずっと気にかけておく必要があった。詩織がいつ発作を起こしてもすぐに駆けつけて、保健室に連れていけるように。
保健係になって気が付いた事だけど、詩織はあのL字状の容器をまるでお守りのように常に肌身離さず持ち歩いていた。それは何だと聞いた事がある。すると詩織は「簡易吸入器だよ」と何でもない事のように答えてくれた。
「この中に粉状の薬が入っていて、それを吸う事で発作が抑えられるの。半年くらい前だったかな。うっかり家に忘れた事があって、出先で大きな発作が出ちゃった時は本当に焦っちゃった」
そんなに長い期間、服用し続けている薬なのかと、改めて詩織の手の中の容器をまじまじと見てしまった。他の人はどうだか知らないけど、うちはおじいちゃんもおばあちゃんも病院知らずなくらいまだまだ元気だから、こんな機会でもなかったらきっと目にする事すらなかっただろう。そう思いながら見ていたのがよくなかったのか、詩織が「物心ついた頃からの付き合いだしね」と付け加えてきた。
「だから、もう友達か家族みたいなものだよ」
「え……」
「でも、見ての通りこんなに小さいから、やっぱり何か落としやすくて。だから三嶋さん、もしも私がこれを教室とかで落としてるの見かけたら、すぐに教えて……」
「ちょっと待って。物心ついた頃からの付き合いって、何……?」
一緒にいる時間が増えたとはいえ、詩織の発作の原因がどういったものなのかはまだ誰にも教えてもらっていなかった。
放課後になっても詩織が回復しないなんて事はなかったから、さすがに家まで付き添う事はなかったし、彼女が一年の時の担任も別の学校に転任していて話が聞けなかった。だったらと、引き継ぎをしているはずの榊先生に聞いても「個人情報だからダメだ、南の具合が悪くなった時に付き添ってくれればそれでいいから」と追い返されたし、増田君に至っては、もう俺には関係ないと言わんばかりにそっけなくされて聞き出す事すらできなかった。
まさか、と思いたかった。そりゃあ、ずっと体育の時間は見学だし、あんな聞いた事もない呼吸音が出る発作なんだし、ちょっとしんどくてつらいって程度の病気ではないだろうと思っていたけど、でも、まさかそこまで……と、できる事なら軽い感じで受け止め続けていたかったのかもしれない。
怖気尽きそうになっている私を安心させようとしたのか、それとも私が気兼ねなく「やっぱり、もう付き添うの無理!」と言い出しやすい状況を作ろうとしたのかは分からない。でも、詩織は笑ってこう答えた。
「私の発作って、呼吸器系の病気から来る奴なんだ。それもさ、結構重い感じの奴」
また、何でもない事のようにさらっと言ってのけた詩織は、この時どんな気持ちだったんだろう。私はものすごく時間をかけたというのに、やっと返した言葉が「そうなんだ……」という実に気の利かない五文字だけだった。
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