第24話
「私、保健係になったから」
「え?」
「今年の保健係。だから、南さんのお弁当箱を持ってきたの。あと、今から教室に戻るのも面倒だから、私もここで食べてくね」
どこか投げやりにそう言ってから、私は自分の膝の上に置いた弁当箱の包みを開け始めた。
今日のお弁当箱の中身は何かな? いつもおばあちゃんが作ってくれるけど、昨夜はおじいちゃんがはりきって作った魚の塩焼きがだいぶ余ってたから、もしかしたらそれも入ってるかもしれない。そんな事を思いながら、弁当箱のふたを開けようとした時だった。
「ごめんね、三嶋さんにも迷惑かけて」
ぽそりと、まるで独り言であるかのようにそう言ってきた詩織の声は、とても悲しそうに私の耳元へと届いた。
……もしかして泣いてる!?
瞬間的にそう思ってしまった私は、勢いを付けて弁当箱から詩織へと視線を持ち上げるが、ベッドの上にいた彼女は泣いているどころか、わずかに口元を上に持ち上げて静かに笑っていた。それがかえって悲しそうに見えた私の口からは、まぬけな「……え?」しか出てこなかった。
そんな私の戸惑いを感じ取ったのだろう、詩織はさらに言葉を続けた。
「去年も、増田君にはさんざん迷惑かけちゃったの。今の三嶋さんみたいにお弁当箱とかプリントなんかを事あるごとに届けてもらったりとか、保健室まで付き添ってもらったりとかして、ずいぶん時間と手間をとらせちゃったから……」
「……」
「だから、できる事なら私に保健係が当たらないかなあって思ってたんだけど、やっぱりそううまくいかないね。私、園芸委員になっちゃった」
そう言って、詩織はスカートのポケットの中から谷折りの小さな紙を取り出す。さっきのくじの奴だ。確かにそこには榊先生の癖のある文字で『園芸委員会』と書かれてあった。
「……よかったじゃん、園芸委員になれて」
弁当箱のふたにかけていた指を離して、私は俯き加減になっていた詩織をじっと見つめた。何だか、またちょっとイラついた。今度はさっき、教室で安心したように独り言を言っていた増田君に対してだった。
まさか、そんな返答が来るとは思っていなかったのか、詩織は不思議そうな目でこっちをちらりと見てくる。そんな彼女に私はもう一度「よかったね」と言った。
「すごく簡単で、楽ちんじゃん。毎週月・水・金曜の放課後、花壇の花に水をあげるだけでいいんだから。掃除や草むしりとかは用務員さんの仕事だから、そこまでやる必要もないし」
「……」
「むしろ学級委員とか風紀委員とかになってたら、どうなってたと思う? 校舎の各階に南さん専用の保健室を作ってもらわないと間に合わないんじゃない?」
暗くなりそうな場の空気を変えようと、ちょっとした冗談のつもりだった。他意はもちろん、悪意なんてものは微塵もなかったけど、言ってしまった後で「しまった」と思った。今のは受け取り方次第では、迷惑をかけてしまったと思っているこの子をさらに追いつめかねないと考え直したから。
それなのに、次の瞬間。詩織はあははははっと、今度は大きな声をあげて笑いだしたんだ。
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